よむよむかたる

「よむよむかたる」のあらすじ(ネタバレあり)です。「よむよむかたる」未読の方は気を付けてください。ガチ感想も書いています。物語の舞台は、坂の街・北海道小樽市にある古民家カフェ「喫茶シトロン」。叔母に代わって店を切り盛りすることになった28歳の小説家・安田松生、通称「やっくん」が主人公です。彼はデビュー作以降スランプに陥り、筆が進まない日々を送っています。

そんな彼の前に現れたのが、平均年齢85歳の超高齢読書サークル〈坂の途中で本を読む会〉の面々。 最年長は92歳、最年少でも78歳という、とにかくパワフルで自由奔放な会員たちに、やっくんは戸惑いながらも巻き込まれていきます。彼らの読書会は、ただ本について語るだけではありません。話はすぐに脱線し、それぞれの人生の物語が交錯していきます。

一見すると心温まる高齢者たちの交流を描いた物語に見える『よむよむかたる』ですが、実はその水面下では、数十年にわたる悲しい秘密と、登場人物たちを結びつける大きな謎が隠されています。読書会にオブザーバーとして参加することになる市立小樽文学館の職員・井上紋。彼女の登場が、止まっていた物語を大きく動かすことになるのです。

この物語は、単なる読書会の話ではありません。過去の悲劇、隠された家族の真実、そして創作のスランプに苦しむ一人の青年の再生が、見事に織り交ぜられています。読み進めるうちに、点と点だった謎が繋がり、クライマックスで明かされる真実には心を揺さぶられます。

『よむよむかたる』は、「読む」ことがいかに人の心を解き放ち、「語る」ことがどれだけ人を救うのかを教えてくれる物語です。この先には、物語の核心に触れる重大なネタバレが書かれていますので、ご注意ください。

「よむよむかたる」のあらすじ(ネタバレあり)

物語は、スランプ中の若手小説家・安田松生(やっくん)が、叔母の美智留に代わって北海道小樽市の「喫茶シトロン」の店長になるところから始まります。彼は、そこで月一回開かれている高齢者だらけの読書会〈坂の途中で本を読む会〉の世話役を半ば強制的に任されることになります。

読書会のメンバーは、元アナウンサーで仕切りたがりの会長、おっとりしている元教師のシルバニア、現実主義者で会計係のマンマ、そして最年長92歳のまちゃえさんとその夫シンちゃんといった、個性豊かな面々です。 彼らは佐藤さとるの『だれも知らない小さな国』を課題本に、自由気ままな議論を繰り広げます。

やっくんは、彼らの奔放なやり取りに圧倒されつつも、その言葉に耳を傾けるうち、忘れていた創作への感覚を少しずつ取り戻していきます。同時に、彼の脳裏には、幼い頃の断片的な記憶—赤いヤカン、そしてハムスターのぬいぐるみを抱いた少女—が蘇り始めます。

会が発足20周年を記念した公開朗読会を企画する中で、やっくんは会場探しのために訪れた市立小樽文学館で、職員の井上紋と出会います。彼女の姿は、やっくんの記憶の中の少女とどこか重なって見えました。井上は読書会に興味を持ち、喫茶シトロンを訪れるようになります。

物語が大きく動くのは、叔母の美智留がやっくんに過去の出来事を告白してからです。読書会メンバーのまちゃえさんには、かつて明典という息子がいましたが、高校生の時にひき逃げ事故で亡くなりました。その際、息子の恋人だと誤解されたのが、当時高校生だった美智留でした。

しかし、本当に明典の恋人だったのは、美智留の親友・波津子でした。悲しみのあまり、誰もその誤解を解くことができず、数十年が経過してしまったのです。そして美智留は、さらに衝撃的な事実を明かします。波津子は明典の死の時点で、彼の子どもを身ごもっていたのです。

その産まれてきた娘こそが、井上紋でした。つまり、まちゃえさんとシンちゃんは、井上紋が自分たちの実の孫であることを知らずに過ごしてきたのです。この事実は、読書会に集う人々の関係性を根底から揺るがすものでした。

公開朗読会の直前、メンバーのマンマが急逝します。会は追悼の意を込めてイベントを決行。そこで会長が谷川俊太郎の詩を朗読したことに心を動かされた井上紋は、壇上に上がり、すべての真実を「かたる」ことを決意します。

彼女は、自分が明典と波津子の娘であること、そして、まちゃえさんとシンちゃんの孫であることを告白します。さらに、やっくんの記憶の中の少女が幼い頃の自分であったこと、そして彼のスランプの原因となった匿名の告発めいた手紙を送ったのも自分だったことを明かします。

手紙は、やっくんのデビュー作の表紙に描かれた少女が、幼い頃の自分にそっくりだったことに衝撃を受け、「私の物語を奪わないで」という必死の叫びだったのです。すべての謎が解け、誤解が氷解したとき、やっくんは創作への呪縛から解放されます。物語は、彼が再びパソコンに向かい、新たな一歩を踏み出す場面で幕を閉じます。

「よむよむかたる」の感想・レビュー

朝倉かすみさんの『よむよむかたる』を読み終えた今、胸の中には温かい感動がじんわりと広がっています。これはただの読書会小説ではありません。人が生きること、老いること、そして言葉を交わすことの尊さを、深く、そして優しく描き出した傑作だと感じました。

物語の舞台となるのは、小樽の坂の途中にある「喫茶シトロン」。そこに集うのは、平均年齢85歳という、なんとも賑やかな〈坂の途中で本を読む会〉のメンバーたちです。 彼らの会話はとにかく自由。人の話は聞かないし、すぐに脱線する。でも、その一見とりとめのないおしゃべりの中に、一人ひとりが生きてきた長い人生の悲しみや喜びが滲み出ていて、ぐいぐいと引き込まれてしまいました。

主人公のやっくんは、スランプに陥った28歳の小説家。彼がこのパワフルな会に巻き込まれていく様子は、最初は少し気の毒にさえ思えましたが、読み進めるうちに、彼がメンバーたちとの交流を通じて、失いかけていた何かを取り戻していく過程に、いつしか自分を重ねていました。本作『よむよむかたる』は、彼の再生の物語でもあるのです。

この小説の最も巧みな点は、心温まる読書会の日常という表の物語の下で、数十年にわたる悲劇と秘密という裏の物語が静かに進行しているところです。物語中盤で明かされる、メンバーのまちゃえさんの息子・明典の死を巡る過去。このネタバレは、物語の様相を一変させます。長年の誤解と、誰にも語られることのなかった真実の重みに、胸が締め付けられるようでした。

そして、そのすべての謎を解く鍵となるのが、市立小樽文学館の職員・井上紋の存在です。彼女こそが、過去と現在を繋ぐミッシングリンクでした。彼女がクライマックスの公開朗読会で、自らの出自を「かたる」場面は圧巻の一言です。それは、長い間凍てついていた人々の心を溶かす、まさに魂の告白でした。この感動的なシーンは、本作『よむよむかたる』のハイライトと言えるでしょう。

特に印象的だったのが、タイトルにもなっている「よむ」と「かたる」という行為の連鎖です。読書会で一冊の本を「よむ」ことが、メンバーそれぞれの人生を「かたる」きっかけになる。そして、その語りが集まって、井上紋という一人の女性に、真実を「かたる」勇気を与える。その言葉が、最終的に主人公のやっくんを、再び物語を「書く」ことへと導く。この美しい循環こそが、本作の核心的なテーマなのだと感じました。

登場人物たちが本当に魅力的です。92歳にしてエネルギッシュなまちゃえさん、彼女を静かに支える夫のシンちゃん、元アナウンサーのプライドを覗かせる会長。彼らが交わす北海道弁混じりの会話は、それだけで一つの音楽のようでした。 ステレオタイプな老人像を軽々と超えていく彼らの生き生きとした姿は、老いることへのイメージを少しだけポジティブなものに変えてくれた気がします。

物語の終盤で明かされる、もう一つの重要なネタバレがあります。それは、やっくんのスランプの原因となった一通の手紙の差出人が、実は井上紋だったということです。彼女は悪意からではなく、彼の小説に描かれた少女が自分だと感じ、「私の物語だ」と伝えたかったのです。この告白によって、やっくんは創作の呪いから解放されます。傷つけられたと思っていた相手が、実は自分を救う存在でもあった。この構造には、唸らされました。

『よむよむかたる』は、ミステリーとしても非常に秀逸です。やっくんの断片的な記憶、まちゃえさんの息子の死、井上紋の正体。散りばめられた伏線が、終盤に向かって一気に収束していく様は見事でした。すべてのピースがはまった時、読者は温かいカタルシスに包まれるはずです。

この物語は、過去の悲しみや後悔を抱えながらも、今を懸命に生きる人々への優しい賛歌です。人は誰かと出会い、言葉を交わすことで救われる。そして、物語には、人生を肯定し、人を再生させる力がある。『よむよむかたる』は、そんな読書という行為の持つ根源的な力を、改めて教えてくれました。

小樽という坂の街の風景も、物語に深い奥行きを与えています。登場人物たちが登ってきた「人生という坂」の途中で、本を読み、語り合う。その姿は、とても尊く、美しいものに思えました。

読み終えた後、誰かとこの本について語り合いたくなる。そんな温かい気持ちにさせてくれる一冊です。『よむよむかたる』は、本を愛するすべての人に、そして、人生という物語を生きるすべての人に、心からおすすめしたい作品です。

この物語に触れる際は、ぜひ結末のネタバレを知らずに読んでほしいと願う反面、真実を知った上でもう一度読むと、登場人物たちの何気ない会話の奥深さに気づかされるでしょう。それほど、緻密に計算され、愛情深く紡がれた物語なのです。

第172回直木賞の候補作にも選ばれたことも納得の、深く心に残る読書体験でした。 『よむよむかたる』は、これからも多くの読者の心に、温かい灯りをともし続けることでしょう。

まとめ:「よむよむかたる」の超あらすじ(ネタバレあり)

  • スランプ中の若手小説家やっくんは、叔母に代わり小樽の喫茶店の店長になる。
  • そこで平均年齢85歳の超高齢読書会〈坂の途中で本を読む会〉の世話役を任される。
  • やっくんは奔放な会員たちに戸惑いながらも、次第に創作への意欲を取り戻していく。
  • 読書会に、市立小樽文学館の職員・井上紋が参加するようになり、物語は動き出す。
  • 会員のまちゃえさんの息子・明典は高校時代に事故死し、やっくんの叔母・美智留が恋人だと誤解されていた。
  • しかし、本当の恋人は美智留の親友・波津子で、彼女は明典の子どもを身ごもっていた。
  • その子どもこそが井上紋であり、彼女はまちゃえさんとシンちゃんの実の孫だった。
  • 公開朗読会で、井上紋は自らの出自と、すべての真実を告白する。
  • やっくんのスランプの原因となった匿名の告発状の差出人も井上紋だったことが判明する。
  • すべての謎が解け、やっくんは創作の呪縛から解放され、再び物語を書き始める。