
「最後の二行で物語がひっくり返る」と多くの読者をざわつかせてきた一冊が、この「イニシエーション・ラブ」です。80年代の静岡を舞台にした甘酸っぱい恋愛ストーリー……と思いきや、読後に「え、そういうオチなの?」と混乱する人が続出。筆者も初読時は「なんだこれは!」と混乱した口で、電車の中で結末を読んだ瞬間に心の中で盛大に叫びました。それほどまでに、本作は読み進めるたびに違和感を覚えつつ、最終的に大きな衝撃に叩き落としてくれる仕掛けがあるのです。
しかも物語の大半は、いわゆる王道の青春ラブロマンス風。合コンで出会った主人公とヒロインのデート描写や、ちょっと恥ずかしい会話のやりとり、遠距離恋愛のすれ違いといった展開が続くのですが、「え、このペースで終わるの?」と思わせておいて、終盤で一気に謎が明るみに出る構成がニクいところ。
さらに、時代背景としてファッションや音楽に80年代の空気が感じられるのも楽しいポイントです。当時を懐かしむ人には刺さるし、リアルタイムを知らない人にとっては逆に新鮮かもしれません。携帯もない時代にどうやって連絡を取り合っていたのか、週末のデートプランにどれだけ情熱を注いでいたのかなど、今とは違う恋愛事情がふんだんに盛り込まれています。
そんな一見ほのぼのした雰囲気に隠された「とんでもない仕掛け」の真相を知ったとき、あなたはきっと「もう一度最初から読み返したい!」と思うはず。次の章では物語のおおまかな流れを4つの段落にまとめますが、細部に隠されたトリックを自分で見つけたい方は、そろそろ注意を。ここから先は核心に触れる部分もありますので、読む際はご覚悟ください。
小説「イニシエーション・ラブ」のあらすじ
物語は、主人公の「僕」が友人に誘われて行った合コンで、魅力的な女性・マユと出会うところから始まります。奥手な性格ゆえなかなかアプローチできず、心の声ばかり先走ってしまう「僕」。それでも一緒に海に行ったり、何とかデートにつなげたりと、空回りしながらも距離を縮めていく様子は、いかにも青春の恋愛小説という趣です。二人だけのあだ名をつくり合い、休日にはレストランを巡ったり、少し背伸びしてファッションを研究するシーンなど、素朴な甘さが印象的です。
やがて「僕」が就職し、赴任先が東京になることで状況が変わり始めます。静岡に残るマユとは遠距離になり、限られた週末に会うために高速バスや車で行ったり来たり。最初は「会えない時間も愛を深めるはず」などと強気でいたものの、都会での仕事や新しい人間関係によって、「僕」自身の心にも少しずつ変化が生まれていくのが見どころです。地元と都会のギャップをどうやって乗り越えるのか、二人の将来に期待しながらも、どこか不穏な空気を漂わせる展開となります。
東京での日々は刺激的で、同僚の女性と急接近したり、飲み会やイベントの誘いが多かったり、さらには残業続きで疲れがたまったりと、なかなかマユに連絡できない状況が増えていきます。一方マユは静岡で歯科衛生士として働き続けながらも、「僕」に会いたい気持ちを募らせている様子。ただし、彼女の言動にはときおり不可解なズレが見えはじめ、「ん? 何か隠している?」と疑いを抱く人もいるかもしれません。この違和感が後の衝撃へとつながっていきます。
そして、物語のクライマックスでは、恋愛ストーリーと思っていた世界が根本から覆る展開が待っています。そこまでの恋模様はほぼ一本道なのに、終盤のわずか数行で「誰が誰とどうなっていたの?」という疑問が噴出。普通のラブロマンスとしては考えられないトリックが仕掛けられており、読み返してみると「あれはこういうことだったのか!」と膝を打つ瞬間が到来します。ちょっとしたセリフや日付、呼び名など、あらゆる部分に計算が潜んでいるのが本作のおそろしいところです。
小説「イニシエーション・ラブ」のガチ感想(ネタバレあり)
ここからは本作を読んだ感想を遠慮なくぶちまけたいと思います。先に書いておくと、私自身、最初の数章は「ありきたりな恋愛小説かな?」という印象だったんです。合コンで知り合った男女が付き合って、デートして、ちょっとすれ違って……その流れに特別なひねりは感じませんでしたし、80年代当時の音楽やファッション、小物の話題が多く出てくるので、むしろ懐古的な雰囲気を売りにした青春物語かと思っていました。ところが、ラスト二行に差しかかった瞬間、頭が真っ白になるぐらいの衝撃。思わず「え、誰?!」と声を出しそうになり、一気に巻き戻して読み返すはめになったのが今でも忘れられません。
まずこの衝撃の正体を言うと、「主人公だと思っていた人物が、実は別の人だった」というトリックです。本作の構成はカセットテープを模した形で、前半をA面、後半をB面というように章立てしています。一見すると、A面は学生時代から社会人になるまでの恋愛編、B面は社会人になったあとの続きと思い込みがち。ところが実際には、B面は「同じようで実は違う時間軸」だったと明かされるのです。ラスト直前に投下される名前の違い、呼びかけの違和感がすべてをひっくり返して、読者はパニック状態になるわけですね。
さらにこまかく読み解いていくと、A面とB面での何気ない表現の食い違いや、ヒロインのマユが身につけているアクセサリーの謎、デートの頻度や日付の矛盾など、伏線が山ほど張り巡らされています。最初は「昭和のラブストーリーだから作中の行動が古臭い」と思う程度だったシーンにも、実はとんでもない暗示が隠れているのがすごいところ。そして、細部を振り返ると「あ、このタイミングで実は主人公が別人と入れ替わってるんだ」なんて気づかされるたびに、鳥肌が立つような仕掛けがあるんです。
私が個人的にショックを受けたのは、マユの存在感と行動です。A面だけを素直に読めば、ちょっと控えめで可愛らしい印象の女性。しかしB面では、どうも態度が違ったり、やたら上手に大人の恋愛を楽しんでいるようにも見える。遠距離恋愛中の主人公を待っているはずなのに、状況によっては別の男性がちらつく。いやいやマユさん、あなた何者? と疑わしく思ってしまうのですが、まさか本当に「並行する物語」で別の鈴木くん(仮にタツヤとしましょう)と関係をもっていたとは……。人によっては「なんて魔性のヒロインだ」と一喝するかもしれませんが、それが本作の最大の魅力だとも言えます。
しかも、本作は「殺人事件」が起こるミステリーではありません。いわゆる本格推理小説の様式とは違い、謎を追う探偵も証拠を分析する警察も出てきません。なのに読後感としては、「確実に騙された!」という衝撃が残るんです。ミステリー小説の要諦である「読者を意図的にミスリードし、最後に鮮やかに真実を突きつける」という醍醐味を、恋愛話だけで実現してしまった力業は圧巻です。ここまで大胆かつ上手に読者の思考を誘導するテクニックがあるからこそ、本作は当時から高く評価され、今なお話題に上がるのだと思います。
では、このトリックがただの大仕掛けに終わっているのかと言うと、決してそうではありません。よく読むと、80年代の若者たちの「等身大の恋愛感情」がしっかり描かれていて、そもそもA面のストーリーだけでも「なんだか懐かしい雰囲気でいいな」と感じさせる力があるんです。電話は自宅や公衆電話が主流で、離れた相手にこまめに連絡をするには相当エネルギーがいる時代。週末のデートは一世一代のイベントで、車の運転技術ひとつで人間関係が左右される。そういう背景がリアルにあるからこそ、遠距離恋愛が苦しくなる展開にも説得力があるわけです。
また、A面の主人公「僕」がマユの純粋さに惹かれていく過程も、B面のタツヤが都会で新たな女性と関係を深めていく様子も、それぞれがいかにも「実在しそうなカップル」のムードを持っています。むしろ社会人になった後に気が大きくなってしまい、遠距離の恋人を疎かにしがちになるあたりなどは、「身につまされる」という読者もいるでしょう。そうした生々しさとトリック要素の融合が、作品全体を通して妙なリアリティと不穏さを放っているんだと感じます。
さらにマユの心情を思うと、彼女がいったい何を求めていたのか考えさせられます。一方で遠距離中の鈴木くん(夕樹)を大切にしているかと思いきや、別の「鈴木」くん(辰也)とも関係を持つ。そこには恋愛観の違いや欲望、本音と建前が交錯していて、どこまでが策略なのか、どこまでが純粋な気持ちなのか、読者それぞれの解釈が分かれるところでしょう。結末の数行で「え? さっきまで読んでいたのは誰の話?」とガラッと状況が変わるために、読後は強烈なインパクトを受けざるを得ません。ある意味、マユが物語全体の「演出家」であるようにも思えてくるのです。
もう一点、興味深いのは作中でやたらと生々しい「ベッドシーン」が多いことです。恋愛小説ならではの甘美な場面というより、わりと直接的な描写でしつこく書かれている印象があるので、正直「これ必要?」と思うところもありました。ただ後になって振り返ると、それが「最初が本当の初体験だったのか否か」などを示唆する証拠になっていて、トリックを成立させるために必要な描写だとわかります。巧みなのか狙いすぎなのか、議論が分かれそうですが、結果として独特の緊張感を生み出しているのは確かでしょう。
初読後は「衝撃を受けた」「騙された」という感想が大半を占めると思いますが、本作の真価は、再読したときにどれだけ違う物語として楽しめるかにあると感じます。1回目は素朴なラブストーリーをたどるだけで精一杯。2回目は、B面のあの場面とA面のこの場面が同時進行かもしれないといった発見を次々と見つけられます。そして3回目になると、伏線の一言や日付の記述、主人公とマユの会話の矛盾を全部チェックして、さらに深い理解が得られる。つまり何度読んでも、違った視点から新たな発見があるのが面白いんです。
個人的に、この作品を人に紹介する際には「最初の数行と最後の二行にすべてが詰まっているから、絶対にうっかり飛ばさないで」と言いたいです。実際、あまり下調べせずに読み始め、ラスト二行を読んだ瞬間に猛烈な衝撃を食らうのがベストな体験だと思います。ネタバレそのものは「作品の味わいを損ねる」と言われがちですが、この小説に限っては、知ってしまっても再読の魅力が尽きないので、ある意味お得かもしれません。むしろすでに内容を知ったうえで、再読して伏線を洗い出す方がより楽しめるという人も多いはずです。
とはいえ、あまりに衝撃重視の作りなので、中盤までは地味に感じる方もいるでしょう。大学生から社会人へのステップアップや恋人同士のなんでもない会話シーンが長々と続くため、「結末だけよければいいのか?」と否定的にとらえる人もいるかもしれません。正直、私も初読の半分くらいまでは「割と平凡だな」と思っていました。ただ、その平凡さを疑わずに読んでいたからこそ、最後に大きく騙されて快感すら覚えたのも事実です。この構成に納得できるかどうかが、本作を「名作」と見るか「賛否が分かれる小説」と見るかの分かれ目になるでしょう。
「イニシエーション・ラブ」は「純愛ものかと思いきや意表を突く仕掛けを隠した作品」という感じです。その仕掛けは大胆不敵で、恋愛小説に慣れた読者でも初見では見抜けない可能性が高いと思います。もちろん好みは分かれるでしょうが、「恋愛ものはちょっと苦手」という人も、この謎めいた構成に惹かれれば最後まで飽きずに読めるはず。一度読んでしまえば、あれこれ考察して語り合いたくなる一冊と言えるのではないでしょうか。
以上が、本作を読み尽くしたうえでの率直な感想になります。もしまだ読んでおらず、「そんなにすごい仕掛けがあるなら気になる」という方がいれば、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょう。予備知識が多いほど「ここの矛盾に気づくぞ!」と構えてしまうかもしれませんが、すでに結末を知っていても面白さが薄れないのがこの作品の魔力です。自分の読解力を試すつもりで、A面・B面をくまなく検証し、一度は「謎解き」の快感を味わってみてください。
まとめ
ここまで読んでみて、「イニシエーション・ラブ」の仕掛けの奥深さにびっくりした方も多いのではないでしょうか。物語の大半は普通の恋愛模様を描いているように見せかけて、最後のわずかな記述で一気に視界をくつがえす大胆さが何よりの魅力です。恋愛小説として楽しめる要素もあれば、ミステリーの醍醐味も味わえるという、欲張りな構成が多くの読者をひきつけています。
また、80年代の雰囲気がたっぷりで、公衆電話やカセットテープ、当時流行の音楽など、今ではちょっと懐かしさを覚えるアイテムが続々と登場するのもおもしろいポイントです。昔をリアルタイムで体験していた人なら思わず「そうそう!」と共感できるだろうし、若い世代には「こんな時代があったんだ」と新鮮に映ることでしょう。
そして何より、この仕掛けは一度知ったら終わりではなく、再読してからが本番と言っても過言ではありません。「あの描写はこういう意味だったのか」「ここでのやり取りは時系列を逆手に取った布石だったんだ」など、新たな発見があとからじわじわやってくるのが大きな魅力。読めば読むほど深みにはまっていく、そんな底知れない力を秘めた作品だと思います。
もしまだ未読なら、この機会にぜひ手に取ってみてください。知っていても、読んでいない人と語り合いたくなる不思議な吸引力があるので、友人や家族とワイワイ考察を交わすのも楽しいですよ。最初から最後まで通して読めば、きっとあなたの中で恋愛小説の概念が少し変わるのではないでしょうか。衝撃の結末を経て、この物語の世界観をじっくり味わってみてください。