芥川龍之介「偸盗」の超あらすじと考察

平安時代末期の京の都を舞台に、飢餓と疫病がはびこる中での夜盗たちの生きざまを描いた「偸盗(ちゅとう)」は、芥川龍之介の手による架空の物語です。この物語は、深い人間ドラマ、策略、時代背景を織り交ぜ、愛と裏切り、義兄弟の絆と嫉妬という普遍的なテーマを掘り下げています。「偸盗」を読むことは、ただの過去の物語を楽しむことではなく、人間の複雑な心理と運命の変転について深く考えるきっかけを与えてくれます。

本記事では、「偸盗」の超あらすじとその背後にある考察を通じて、芥川龍之介がこの物語を通して何を語ろうとしたのか、また、そのメッセージが現代にも通じる理由について探ります。平安時代末期の京の都から発する、時を超えたメッセージに耳を傾けてみましょう。

この記事のポイント
  • 「偸盗」が描く平安時代末期の京の都と、その時代背景下での夜盗たちの生活と動機。
  • 主要登場人物(太郎、沙金、次郎)の複雑な人間関係、内面の葛藤、そして彼らの運命の変転。
  • 物語を通じて芥川龍之介が探求する愛、裏切り、義兄弟の絆、そして嫉妬といった普遍的なテーマ。
  • 「偸盗」の超あらすじと考察を通して、芥川龍之介の作品が現代にも通じる理由や、人間性への深い洞察。

芥川龍之介「偸盗」の超あらすじ

第一章:暗雲

平安時代末期、かつての栄華を失い、飢餓と疫病がはびこる京の都。その荒れ果てた街並みは、夜ごとに夜盗たちの影がちらつく危うい場所となっていました。そんなある日、猛烈な夏の日差しが照りつける朱雀綾小路で、二人の人物が偶然出会います。一人は太郎、もう一人は猪熊のお婆さんです。二人は見知らぬ間柄ではありません。なぜなら、彼らは同じ夜盗の一味に属しており、その夜、ある大きな計画を控えていたのです。

計画の内容は、京都を代表する豪族である藤判官の屋敷に押し入り、貴重な品々を盗み出すというものでした。太郎と猪熊のお婆さんはその計画について話し合っていましたが、太郎の心は他のことでいっぱいでした。太郎は、かつて検非違使として夜盗たちを取り締まる立場にあったが、夜盗の頭目であり、猪熊のお婆さんの娘でもある沙金に心を奪われ、今や彼女の仲間としてその暗い世界に足を踏み入れてしまっていました。

太郎が猪熊のお婆さんと別れた後、お婆さんは過去を思い返しながら綾小路を東へと歩きます。若い頃、台盤所の婢女として働いていたころのこと、そして次郎との出会い。次郎は疫病で瀕死の女性を野犬から救ったばかりのところでした。次郎もまた、夜盗の一味の一員です。

お婆さんは次郎に、太郎が沙金と次郎の親しさに嫉妬していることを伝えます。しかし、次郎にはその状況をどうにかできる策が見つかりません。太郎自身も、過去の自分が放免だった頃や、夜盗への転落、沙金との出会い、そして沙金によって夜盗の世界へ引き込まれた経緯など、さまざまな思いを巡らせながら朱雀大路を北へと歩いていました。

太郎の心は次第に沙金への嫉妬と怒りに支配されていきます。かつては沙金に深い愛情を抱いていたものの、最近になって沙金が自分に対して冷たくなった理由、それは沙金が自分の弟と関係を持っているからではないかという疑念が彼の心を苛みます。太郎の複雑な感情がこの物語の序章を飾り、京の都に潜む暗雲のように物語全体に影を落としていくのでした。

第二章:策謀

立本寺の古びた石段で、次郎は沙金との重要な会合を控えています。この場所は京の都の中でも一際静かで、周囲には古い木々が生い茂り、都の喧騒を忘れさせてくれるような場所です。次郎は石段に腰を下ろし、兄である太郎との関係に思いを馳せていました。最近、太郎の態度が自分に対して冷たくなっていることを感じ取っており、その理由に心を痛めていました。次郎にとって太郎はただの兄弟以上の存在であり、彼の不義に対して同情し、理解された上でなら、兄に殺されることすら受け入れる覚悟がありました。

しかし、次郎の心は複雑な感情に包まれていました。沙金に対しては、彼女に心を奪われながらも、彼女の八方美人的な振る舞いや、平然とした残忍な行動に対して深い憎しみを感じていました。その中で、次郎は沙金と自分の間に生じた矛盾した感情に苦しんでいました。

そんな時、約束の時間になり、沙金が現れました。沙金の後ろには、藤判官の侍がふらふらと歩いてきます。侍はすでにかなり酔っており、その場で倒れ込むほどでした。沙金は侍を見送った後、次郎の隣に静かに腰を下ろします。そして、沙金は次郎に対して驚くべき計略を打ち明けました。それは、藤判官の侍に夜の襲撃計画を漏らし、太郎には藤判官の貴重な陸奥産の高級馬を盗むように指示するというものでした。そして、藤判官の侍たちに太郎を殺させるという冷酷な計画でした。

次郎はこの計略に驚き、困惑しましたが、沙金は平然と「これは次郎のための計略だ」と言います。沙金の計略は、太郎だけでなく他の仲間も裏切ることになる恐ろしいものでしたが、次郎はその場で沙金の計略を暗黙の内に了承してしまいました。

第三章:狂騒

太郎は、京都の荒れ果てた片隅に佇む猪熊のお婆さんの家へと足を運びます。彼の目的は、ただ単に仲間との打ち合わせではありませんでした。夜の静寂を破るように、家の中からは何やら騒がしい物音が聞こえてきます。心配に駆られた太郎が慎重に戸を開けると、そこには驚愕の光景が広がっていました。

猪熊の爺さんが、阿濃という若い女性に対して無理やり黒く濁った液体を飲ませようとしているのです。阿濃は15から16歳の娘で、幼い頃に飢えに耐えかねて盗みを働き、その罰として地蔵堂の梁に吊り下げられていたのを、沙金たちに助けられて以来、猪熊夫妻と共に生活をしていました。

太郎はその場面に怒りを覚え、爺さんを力ずくで倒しました。その間、阿濃は何とか外へと逃げ出すことに成功します。地面に倒れた爺さんは、ただお婆さんから頼まれた堕胎薬を飲ませようとしただけだと言い張ります。そして、互いの行動を「畜生」と罵り合いながら、激しい口論に発展します。

爺さんは、若い頃は御所警護などを担う左兵衛府の下人として働いていたが、猪熊のお婆さんとの出会いがきっかけで身を持ち崩し、今の状況に至ったと自己正当化します。太郎は爺さんの態度に呆れ果てると同時に、爺さんから自分の弱点を指摘されたことで、一層の怒りを感じました。しかし、とうとう太郎は刀の柄から手を放し、静かに家を後にします。

この章では、夜盗たちの間で渦巻く緊張と葛藤が描かれます。太郎の行動は、一見、仲間への裏切りのように映るかもしれませんが、彼の内面では正義と情愛、そして過去への後悔が交錯しています。阿濃をめぐる出来事は、夜盗たちの複雑な人間関係を浮き彫りにし、彼らの運命をさらに複雑なものへと導くきっかけとなります。夜盗たちの世界は、外から見えるほど単純なものではなく、それぞれが抱える背景や事情が、予期せぬ方向へ物語を進めていくのです。

第四章:激戦

深夜、京の都は静まり返り、人々は眠りについていました。しかし、この静寂を打ち破るように、夜盗の一味は大胆な計画を実行に移します。彼らの目標は、権力と富を象徴する藤判官の屋敷です。総勢23人の夜盗たちは、藤判官の屋敷を襲撃するため、羅城門に集合しました。この中には太郎、次郎、猪熊夫妻、沙金、そして妊娠中の阿漕も含まれていました。

夜盗たちは屋敷に到着すると、沙金の指示に従い、二手に分かれて襲撃を開始します。正面口は沙金や次郎を中心とする集団が、一方、裏手は太郎と猪熊夫妻が中心の集団として配置されました。彼らは一斉に屋敷へと押し入ろうとしましたが、予想外の事態が待ち受けていました。

襲撃の両箇所で、用意周到に待ち構えていた藤判官の武士たちによる先制攻撃を受け、夜盗たちは大混乱に陥ります。正面から襲撃した夜盗たちは、矢を射かけられ、深手を負う者が続出。さらに猟犬を放つ武士たちにより、夜盗たちは斬り合いを強いられることになります。

この混乱の中、次郎は仲間たちとはぐれてしまいます。彼は藤判官方の武士だけでなく、猟犬からも追われ、単身での逃走を計らざるを得ませんでした。何人かの追いかけてきた武士を倒すものの、素早い犬が3匹、何時までも彼を追い続けます。

一方、猪熊の爺はいち早く逃走を図りますが、藤判官方の武士数人に囲まれ、致命傷を負います。斬り殺される寸前、猪熊のお婆の捨て身の行動で一命を取り留めますが、お婆は一人の武士と差し違え、最後を遂げます。

次郎は犬に追い立てられて立本寺の門前まで逃走しますが、そこには藤判官の犬と呼応するかのように20〜30匹の野犬が待ち構えていました。絶体絶命の状況に陥った次郎の前に、太郎が藤判官の屋敷から奪った馬に乗って現れます。沙金との複雑な経緯があり、一度は無視して羅城門の方へ馬を向かわせた太郎でしたが、良心の呵責に耐えきれずに引き返して次郎を救出し、二人はどこかへ去って行きます

第五章:終幕

藤判官の屋敷への襲撃が失敗に終わり、夜は更けていきます。太郎と次郎は、逃走の末に見知らぬ地へと身を隠します。一方、猪熊夫妻の家では、事件の翌日、衝撃的な出来事が起こりました。居間で、沙金の惨殺死体が発見されるのです。この凄惨な光景は、夜盗の一味にとって予想もしなかった事態でした。沙金の死は、夜盗たちに新たな恐怖をもたらし、彼らの間に深い不安を植え付けます。

沙金の死体を発見したのは、羅城門で生まれたばかりの乳呑み子を抱えた阿漕でした。彼女は検非違使によって尋問されます。検非違使は巧みな尋問を通じて、太郎と次郎が沙金を殺害した犯人であることを突き止めます。しかし、阿漕自身の罪は、特別な配慮により不問に付されました。彼女が生んだ子の未来を守るため、検非違使は厳しい決断を下したのです。

太郎と次郎については、彼らの行方を突き止めることができませんでした。彼らは京の都から姿を消し、誰も彼らの運命を知る者はいません。夜盗の一味の中でさえ、彼らが生きているのか、死んでしまったのかすら分からない状態でした。太郎と次郎の逃亡は、京の都の暗部にまた一つの伝説を加えることとなります。

この事件は、夜盗たちだけでなく、京の都の人々にも深い衝撃を与えました。藤判官の屋敷への襲撃が引き起こした一連の出来事は、権力と裏社会の複雑な関係を浮き彫りにし、都の治安への不安を一層高めることとなります。一方で、太郎と次郎、そして阿漕とその子の未来に対する思いは、人々の間で様々な憶測を呼び、物語は終わりを迎えます。

芥川龍之介「偸盗」の考察

芥川龍之介「偸盗」は、平安時代末期を背景にした架空の物語『偸盗(ちゅうとう)』のあらすじです。この物語は、深い人間ドラマ、策略、そして時代背景を織り交ぜながら、夜盗と呼ばれる盗賊たちの生きざまを描いています。物語は大きく五章に分けられ、各章ごとに登場人物の心理や運命の変転が丹念に描かれています。

物語の構造とテーマ

『偸盗』は、起承転結に加えて終章を設けることで、物語の円熟と終焉を示しています。この構造は、物語の進展と共に複雑化する人物関係や、それに伴う内面の変化を丁寧に追っていくことを可能にしています。

人間ドラマの深さ

太郎と沙金、次郎という三人の登場人物を中心に展開する物語は、愛と裏切り、義兄弟の絆と嫉妬といった普遍的なテーマを掘り下げます。特に太郎のキャラクターは、かつての正義感と現在の愛情の間で揺れ動く複雧な内面が描かれ、読者に深い共感を呼びます。

時代背景の利用

平安時代末期の京の都を舞台にすることで、物語は当時の社会的背景—飢餓、疫病、治安の悪化—を利用して、夜盗たちの行動に深い理由を与えます。また、藤判官の屋敷の襲撃など、歴史的な事件を彷彿とさせる描写は、物語に重厚感を与えています。

策略と運命

沙金の策略が物語の転機を作り出し、夜盗たちの運命を狂わせることは、人間の計画がいかに他者の人生を左右するかを示しています。この策略とその結果としての悲劇は、読者に策略の倫理的側面について考えさせます。

人間性の探求

物語の終章では、太郎と次郎が結束し、互いを救う選択をする場面は、最も厳しい状況の中でも光る人間性と希望を示しています。この光景は、絶望の中にあっても変わらない人間の愛と絆の力を強調しています。

総括

『偸盗』は、平安時代末期という特定の時代背景の下で、人間の愛、裏切り、運命という普遍的なテーマを描き出しています。物語は、登場人物たちの複雑な心理と運命の変転を通じて、人間の深い感情や生きる意味を探求しています。読者は、この物語を通して、歴史の中の人間性や社会の矛盾について深く考えるきっかけを得ることができるでしょう。

まとめ:芥川龍之介「偸盗」のあらすじ

上記をまとめます。

  • 平安時代末期の京の都が物語の舞台
  • 主要登場人物は夜盗の一味、太郎、沙金、次郎
  • 太郎は過去の検非違使から夜盗へ転落
  • 沙金は夜盗の頭目で、太郎と次郎の複雑な関係の中心
  • 物語は愛、裏切り、義兄弟の絆を探求
  • 策略と運命のテーマが物語を通じて展開
  • 夜盗たちの計画とその失敗が詳細に描かれる
  • 人間の深い感情や生きる意味への洞察
  • 芥川龍之介の普遍的メッセージの探究
  • 物語の結末は夜盗たちの運命とその影響を示唆