薬丸岳「Aではない君と」の超あらすじ(ネタバレあり)

「Aではない君と」のあらすじ(ネタバレあり)です。「Aではない君と」未読の方は気を付けてください。ガチ感想も書いています。この物語は、ある日突然、愛する息子が同級生を殺害した加害者となった父親の苦悩と再生を描いた、心を揺さぶる作品です。

物語は、主人公である吉永圭一のもとに、離れて暮らす中学生の息子・青葉翼が同級生を刺殺したという衝撃的な知らせが届くところから始まります。なぜ、翼がそんな事件を起こしたのか。圭一は混乱し、自責の念に駆られながらも、翼と向き合おうとします。

しかし、翼は固く心を閉ざし、事件について多くを語ろうとはしません。世間からの好奇の目、マスコミの執拗な取材、被害者遺族からの怒り。圭一は、想像を絶する困難の中で、父親として、一人の人間として、何ができるのかを問い続けます。

やがて、翼が犯行に至った背景には、陰湿ないじめが存在したことが明らかになっていきます。その事実は、圭一にさらなる衝撃を与えるとともに、翼への理解を深めさせるきっかけとなります。果たして、父と子は再び心を通わせることができるのでしょうか。そして、彼らがたどり着く未来とは…。

「Aではない君と」のあらすじ(ネタバレあり)

吉永圭一は、離婚した妻・純子との間に生まれた中学生の息子・青葉翼と、離れて暮らしていましたが、定期的に面会し、良好な親子関係を築いているつもりでした。しかし、ある日、翼が同級生の藤井優斗をナイフで刺殺したという知らせが飛び込んできます。圭一はにわかには信じられず、混乱の淵に突き落とされます。なぜ翼が、あんなおとなしい子が、殺人などという凶悪な事件を起こしてしまったのか。理解できないまま、圭一は翼の付添人として事件と向き合うことを決意します。

翼は逮捕後、事件についてほとんど語ろうとしません。圭一が面会に行っても、うつむいたまま黙り込んでいるばかり。そんな中、圭一は翼の弁護士や、元妻の純子、そして自身の恋人である野依美咲の支えを受けながら、少しずつ翼の心の闇に近づいていこうとします。翼が通っていた中学校の聞き取りや、翼の同級生への聞き込みを進めるうちに、翼が藤井優斗から陰湿ないじめを受けていた可能性が浮上してきます。当初、仲が良いと思われていた二人でしたが、その関係性の裏には、支配と被支配という歪んだ構造が隠されていました。

衝撃的な事実が次々と明らかになります。藤井優斗は、翼に対して「裁判ごっこ」と称したいじめを日常的に行っていました。翼を「被告」と呼び、些細なことで「有罪」を宣告し、罰ゲームとして万引きを強要したり、愛犬のぺロを殺すよう命令したりしていたのです。ぺロを殺す場面を動画で撮影され、それをネタに脅迫され続けた翼は、精神的に追い詰められていきました。さらに、藤井は翼にハムスターを定期的に買わせ、それを翼自身の手で殺させるという残虐な行為まで強要していました。翼は、藤井の支配から逃れることができず、絶望的な状況にありました。

事件当日、翼は藤井から新たな残虐な命令を受け、ついに精神の限界を超えてしまいます。追い詰められた末の犯行だったのです。全ての真相を知った圭一は、翼の苦しみに気づけなかった自分を責めると同時に、息子を極限まで追い込んだいじめの残酷さに打ち震えます。裁判では、翼の犯行時の精神状態や、いじめの事実が考慮され、一定の刑が言い渡されます。圭一は、出所後の翼を支え、共に生きていくことを誓います。物語の最後には、刑期を終えた翼が、圭一と共に藤井優斗の墓前で手を合わせ、父親に謝罪する場面が描かれ、再生への一歩を踏み出す姿が示唆されています。

「Aではない君と」の感想・レビュー

薬丸岳さんの手掛ける「Aではない君と」は、読者の心に深く重い問いを投げかけてくる作品です。読み終えた後、しばらくの間、物語の世界から抜け出せず、登場人物たちの感情が自分のことのように胸に迫ってくる、そんな体験をしました。

この物語の中心にあるのは、加害者となってしまった少年・翼と、その父親である圭一の苦悩です。ある日突然、自分の息子が「殺人犯」として報道される。その衝撃は計り知れません。圭一は、なぜ翼がそのような事件を起こしたのか理解できず、混乱し、自分を責め、そして翼を理解しようともがき苦しみます。この圭一の姿は、決して他人事とは思えませんでした。もし自分の子どもが、あるいは身近な誰かが、同じような状況に置かれたら、自分はどうするだろうか。そう考えずにはいられません。

翼が犯行に至った背景には、壮絶ないじめがありました。「裁判ごっこ」という名の精神的な拷問、愛犬を殺すよう強要されるという筆舌に尽くしがたい仕打ち。これらがまだ中学生の子どもに対して行われていたという事実に、強い憤りを感じるとともに、翼の感じていただろう絶望を思うと胸が締め付けられます。彼が発した「被告は親からも見捨てられた存在です。可哀そうな生い立ちなのです。でもいつも有罪になるんだ」という言葉は、彼の孤独と諦観を痛いほどに伝えてきます。学校という閉鎖された空間で、誰にも助けを求めることができず、ただ耐え忍ぶしかなかった翼の心境を想像すると、言葉を失います。

この作品は、単に少年犯罪の悲劇を描くだけでなく、加害者家族の苦しみにも深く切り込んでいます。圭一は、翼の父親として、世間からの非難や中傷に晒され、仕事や恋人との関係にも影響が出ます。それでも彼は、翼を見捨てることなく、向き合い続けようとします。その姿は、親としての責任とは何か、家族の絆とは何かを問いかけてくるようです。離婚し、翼とは別々に暮らしていた圭一が、事件をきっかけに再び父親としての役割を取り戻そうとする過程は、痛々しくも、どこか希望を感じさせるものでした。

また、被害者である藤井優斗の存在も深く考えさせられます。彼もまた、家庭環境に問題を抱えていたことが示唆されています。彼の父親は弁護士でありながら、息子がいじめの加害者であったという事実にどう向き合ったのか。被害者遺族の悲しみや怒りは当然のものですが、その一方で、加害者を生み出してしまった背景にある社会の歪みや、個々の家庭が抱える問題にも目を向けなければならないと感じさせられます。この作品は、単純な善悪二元論では割り切れない、人間の複雑な側面を浮き彫りにしています。

薬丸岳さんの筆致は、非常にリアルで、登場人物たちの心理描写が巧みです。特に、圭一が翼の沈黙の裏にある苦しみに気づき始める過程や、翼が少しずつ心を開いていく様子は、息をのむように読み進めました。翼が圭一に対して「どうしてお父さんとは二人きりで会えないの?」と問いかける場面は、彼の心の叫びが聞こえてくるようで、非常に印象的です。父親にだけは、自分の本当の苦しみを分かってほしい、助けてほしいという切実な願いが込められていたのではないでしょうか。

「Aではない君と」というタイトルもまた、示唆に富んでいます。「A」とは、おそらく少年Aといった匿名的な呼称を指しているのでしょう。しかし、物語を読み進めるうちに、それは単なる記号ではなく、一人の人間としての翼を指し示しているのだと感じられるようになります。そして、「君と」という言葉には、父親である圭一が、息子である翼と共に困難を乗り越え、未来へ向かっていこうとする意志が込められているように思えました。それはまた、社会全体に対して、このような悲劇を繰り返さないために、私たち一人ひとりが何ができるのかを問いかけているようにも感じられます。

この物語に、明確なハッピーエンドはありません。翼が犯した罪が消えるわけではありませんし、被害者遺族の悲しみが癒えることもありません。しかし、圭一と翼が再生への道を歩み始めたこと、そして、翼が自らの罪と向き合い、謝罪の言葉を口にしたことには、わずかながらも光が見えたように感じました。それは、人が過ちを犯したとしても、真摯に向き合い、償おうとすることで、未来を切り開くことができるかもしれないという、かすかな希望のようにも思えます。

この作品は、読むのにエネルギーがいるかもしれません。しかし、読み終えた後には、きっと多くのことを考えさせられるはずです。いじめ問題、少年犯罪、家族のあり方、そして人が生きていくことの意味。これらの重いテーマについて、深く考察するきっかけを与えてくれる、貴重な一冊だと言えるでしょう。薬丸岳さんの作品を読むのはこれが初めてでしたが、他の作品も読んでみたいと強く思わされました。人間の心の深淵を覗き込み、そこにある闇と光の両方を描き出す筆力に、ただただ圧倒されるばかりです。

まとめ

  • 主人公・吉永圭一の息子・翼が同級生を殺害した容疑で逮捕される。
  • 圭一は離婚しており、翼とは離れて暮らしていたが、翼の付添人となる。
  • 翼は当初、事件について固く口を閉ざす。
  • 圭一は翼の同級生などから話を聞くうち、翼がいじめられていた可能性に気づく。
  • 被害者の藤井優斗は翼を「被告」と呼び、「裁判ごっこ」と称するいじめを繰り返していた。
  • 翼は藤井に脅され、愛犬ぺロを殺害させられ、その動画で脅迫されていた。
  • 翼は藤井からハムスターを殺すことや万引きも強要されていた。
  • 事件当日、追い詰められた翼は藤井を刺殺してしまう。
  • 真相を知った圭一は、翼の苦しみに気づけなかったことを後悔する。
  • 裁判を経て、翼は刑期を終えた後、圭一と共に被害者の墓前で謝罪する。