橘ふみ恵「ある日、セルリアンブルーの空に」の超あらすじ(ネタバレあり)

「ある日、セルリアンブルーの空に」のあらすじ(ネタバレあり)です。「ある日、セルリアンブルーの空に」未読の方は気を付けてください。ガチ感想も書いています。

橘ふみ恵さんが2011年に文芸社から出版された「ある日、セルリアンブルーの空に」は、看護学生の山里ゆり子が運命の男性・谷村純一郎と出会い、そして別れ、時を経て再会する物語です。青春時代の甘酸っぱい恋、すれ違い、そして時が流れてからの再燃する想いが、昭和から平成にかけての日本の社会情勢を背景に丁寧に描かれています。単なる恋愛物語にとどまらず、個人の生き方や選択、そして信仰といった深遠なテーマも織り交ぜられており、読者の心に深く問いかける作品となっています。

主人公の山里ゆり子は、博多の看護学校で学ぶ真面目な学生ですが、心には恋への憧れを秘めています。そんな彼女の前に現れたのが、将来を嘱望されるエリート学生、谷村純一郎。二人は恋に落ち、世間の目を忍んで愛を育みます。しかし、純一郎の母親が深く傾倒する宗教が、二人の関係に暗い影を落とします。ゆり子は純一郎の持つ古風な価値観や宗教観との隔たりを感じ、やがて二人は別々の道を歩むことになります。

その後、ゆり子は別の男性と結婚し、平穏な家庭を築きます。夫の経営する土木会社を手伝いながら、娘を育て、孫の啓太にも恵まれます。啓太はどこか純一郎を思わせる知的な少年で、ゆり子にとって特別な存在となります。一方、純一郎は経済界で大きな成功を収め、その名が新聞の一面を飾るほどの大物となります。

ある日、ゆり子は新聞記事で純一郎の活躍を知り、好奇心から連絡を取ります。すると、すぐに彼からの返信があり、二人の交流が再開されます。純一郎は成功者としての顔を持ちながらも、過去を懐かしみ、時には涙ぐむほどに多忙な日々を送っていました。しかし、その根底には、青春時代に互いに抱いた純粋な感情が静かに息づいていたのです。

ゆり子は、現在の自分の立場と純一郎との社会的地位の差に引け目を感じながらも、彼への想いを募らせていきます。親友である篠田の後押しもあり、ゆり子は自分の心に正直になることを決意します。そして、雪が舞う大晦日、純一郎が滞在する群馬県前橋市へ向かうことを決意し、物語は幕を閉じます。

「ある日、セルリアンブルーの空に」のあらすじ(ネタバレあり)

「ある日、セルリアンブルーの空に」は、博多の丘の上にある看護学校で学ぶ山里ゆり子の青春時代から始まります。全寮制で門限も厳しい学校生活の中、ゆり子の日常に刺激を与えたのは、九州でも指折りの名門大学に通う谷村純一郎との出会いでした。背が高く、端正な顔立ちの純一郎は、ゆり子にとってまさに理想の男性でした。

二人は規則を破りながらも逢瀬を重ね、秘密の恋を育んでいきます。先輩の協力を得て裏口から抜け出し、舎監の見回りも同室の篠田に代返を頼むなど、若さゆえの大胆さで愛を確かめ合いました。世間があさま山荘事件に沸いていた1972年、二人は新婚夫婦を装って山口県の青海島へ旅行に出かけ、美しい日本海の景色を堪能します。

しかし、純一郎の母親がある宗教に深く傾倒しており、その「教え」が純一郎の価値観にも強く影響を与えていることが判明します。純一郎が理想とする良妻賢母の女性像と、自由奔放で好奇心旺盛なゆり子の性格との間に、大きな隔たりがあることが次第に明らかになります。

価値観の相違から、ゆり子は純一郎との関係に限界を感じ、彼からの贈り物や手紙を処分し、別れを選びます。この苦しい決断を打ち明けたのは、親友の篠田だけでした。看護学校卒業後、国立病院に配属されたゆり子でしたが、父親の他界に伴い実家に戻り、土木関係の会社を継いだ男性と結婚します。

結婚後、ゆり子はすぐに娘を出産します。この娘は、純一郎との間に生まれた可能性も示唆される時期に生まれており、物語に微かな余韻を残します。夫は野心のない人物で、会社の経営は次第に傾いていきます。ゆり子は経理を一手に引き受け、会社の立て直しに奔走することになります。

娘は成長し、名古屋で出会った男性と結婚し、男の子を出産します。その孫こそが啓太で、彼は両親とは似ても似つかない、純一郎を彷彿とさせる知的な面持ちをしていました。ゆり子は啓太を溺愛し、彼との触れ合いの中で、かつての恋を思い出していきます。

ある朝、いつものように新聞を読んでいたゆり子は、経済界の成功者が執筆したエッセイに目を留めます。そのエッセイには顔写真が添えられており、まごうことなき谷村純一郎の姿がありました。たいした期待もせずに会社宛てにEメールを送ると、すぐに純一郎から返信が届きます。

メールには、入社以来日本全国を転々としてきたこと、驚くべき確率を乗り越えてトップに就任したこと、そしてリーマン・ショック後の苦難の船出であることなどが綴られていました。純一郎もまたゆり子と同じく孫に恵まれており、多忙な日々の中で昔を思い出して涙ぐむこともあると告白します。

ゆり子は、一部上場企業の社長である純一郎と、家族経営の小さな会社の社長の妻である自分との間の社会的地位の差に悩み、直接会うことに躊躇します。そんな時、相談に乗ってくれたのが、博多に住む親友の篠田でした。看護部長にまで昇進していた篠田は、学生時代に二人で歩いた散歩コースにゆり子を誘い出します。

商店街の踏切、緑豊かな教会、そしてテレビ塔のある丘へ続く緩やかな坂道を上りきった先には、光が降り注ぐセルリアンブルーの空が広がっていました。眼下には、あの頃と何も変わらない博多の街並みが広がっています。「あなたが本気だったら応援する」という篠田の力強い言葉に励まされたゆり子は、純一郎への想いを再確認します。そして12月31日、純一郎からメールを受け取ります。彼は浅間山が見える群馬県前橋市に滞在しており、家族旅行でも出張でもないと記されていました。あの山荘での悲劇的な事件から37年、ゆり子は自分の恋人が純一郎ただ一人だったことにようやく気づき、彼の元へ向かう覚悟を決めるのです。

「ある日、セルリアンブルーの空に」の感想・レビュー

橘ふみ恵さんの「ある日、セルリアンブルーの空に」を読ませていただき、まず心を奪われたのは、その瑞々しい筆致で描かれる青春時代の輝きでした。特に、主人公の山里ゆり子が、修道院のように厳格な看護学校の規律の中で、恋するトキメキを抑えられない姿は、読者にとって微笑ましく、また共感を覚えることでしょう。

看護学校の全寮制という閉鎖的な環境が、かえって純一郎との秘密の逢瀬を一層ドラマティックなものにしています。裏口の鍵、同室の友人の協力、そして門限破り。これら全てが、若い二人の禁断の恋を盛り上げ、読者の心を掴んで離しません。まるで映画のワンシーンを見ているかのような情景描写は、橘さんの確かな筆力を感じさせます。

そして、その恋の相手、谷村純一郎の存在感もまた見事です。頭脳明晰でルックスも申し分なく、将来を嘱望されるエリート。まさに「完璧な男性」として描かれる彼の姿は、ゆり子が彼に惹かれるのも当然だと納得させられます。しかし、そんな彼の背後に影を落とすのが、得体の知れない「神の教え」であったという展開は、非常に皮肉であり、物語に深みを与えています。

宗教というテーマは、ともすれば重くなりがちですが、本作では純一郎の価値観形成に大きく影響を与えている要素として、自然に物語に溶け込んでいます。彼の母親の異様なまでの心酔ぶり、そして純一郎自身もまたその「教え」に縛られているかのような描写は、二人の関係に亀裂が生じる必然性を説得力を持って示しています。

時代背景の巧みな織り込み方も、本作の魅力の一つです。赤軍が日本中を震撼させていた昭和の世相、そして記憶に新しい平成の経済恐慌、特にリーマン・ショックといった具体的な出来事が、さりげなく物語に織り込まれていて、単なる恋愛物語にとどまらない、歴史の息吹を感じさせます。これにより、登場人物たちの人生が、より一層リアルなものとして読者の心に響いてきます。

ゆり子が純一郎と別れた後、別の男性と結婚し、平穏な家庭を築く過程も丁寧に描かれています。夫が野心のない人物で、会社の経営が傾いていく中で、ゆり子が経理を引き受け、何とか切り盛りしていく姿は、彼女の強さと現実的な側面を浮き彫りにします。一見すると平凡な人生の選択に見えますが、その中にも彼女なりの葛藤と努力が垣間見えます。

しかし、物語はそこで終わりません。まさか、かつての恋人である純一郎が、経済界の大物として新聞の一面に登場するとは。この再会が、物語に新たな展開をもたらします。Eメールでの再会、そして互いの近況報告という形での交流は、現代的な要素を取り入れつつも、どこか懐かしさも感じさせる描写です。

純一郎からのメールに記された、彼の多忙な日々や、時に昔を思い出して涙ぐむという告白は、成功者としての顔だけではない、彼の人間的な弱さや孤独を感じさせ、読者の共感を誘います。ゆり子もまた、彼との社会的地位の差に引け目を感じながらも、彼への想いを募らせていく姿は、歳を重ねてもなお、青春時代の情熱を忘れない人間の姿を美しく描いています。

そして、物語の大きな転換点となるのが、親友・篠田の存在です。看護部長にまで昇進した彼女が、ゆり子の相談に乗り、温かい励ましの言葉をかけるシーンは、友情の尊さを感じさせます。学生時代に二人で歩いた散歩コースを再び巡る場面は、ノスタルジーを誘うとともに、ゆり子の決断を後押しする象徴的なシーンとして描かれています。

博多の街並み、商店街の踏切、緑の木々に囲まれた教会、テレビ塔のある丘。これらの情景描写は、読者に鮮やかなイメージを喚起させ、物語の世界に深く没入させてくれます。特に、緩やかな坂道を上りきった先に広がるセルリアンブルーの空は、希望と開放感、そしてゆり子の心境の変化を象徴する、非常に印象的なモチーフとなっています。

「あなたが本気だったら応援する」という篠田の言葉は、ゆり子にとっての大きな後押しとなります。人は時に、他者の言葉によって自身の真の感情に気づかされることがあります。この一言が、ゆり子を迷いから解放し、新たな一歩を踏み出す勇気を与えたのでしょう。

そして、物語のクライマックスは、雪が舞う大晦日、純一郎が滞在する群馬県前橋市へゆり子が向かうことを決意する場面です。浅間山が見えるという場所の指定もまた、物語の冒頭で触れられた「あさま山荘事件」を想起させ、時間の流れと運命の巡り合わせを感じさせます。安定した老後を選ぶのかと思いきや、ラストで大勝負に打って出るゆり子の行動力には、ただただ驚かされました。

橘ふみ恵さんは、恋愛、友情、家族、そして社会情勢といった様々な要素を巧みに織り交ぜながら、一人の女性の半生を鮮やかに描き出しています。特に、若い頃の情熱と、歳を重ねてからの成熟した感情が、互いに影響し合いながら物語を紡いでいく様は、非常に見応えがありました。読後には、清々しい感動とともに、人生における選択と、何歳になっても諦めないことの大切さを改めて考えさせられます。ある日、セルリアンブルーの空には、読者の心に静かに、しかし深く響く、まさにそんな一冊でした。

まとめ

「ある日、セルリアンブルーの空に」のあらすじ(ネタバレあり)を箇条書きでまとめます。

  • 博多の看護学校で学ぶ山里ゆり子は、名門大学生の谷村純一郎と出会い、恋に落ちる。
  • 全寮制の厳しい規律の中、二人は秘密の逢瀬を重ね、旅行にも出かける。
  • 純一郎の母親が深く信仰する宗教が、二人の価値観に隔たりを生じさせる。
  • ゆり子は純一郎の古風な価値観と「教え」に縛られた生き方に限界を感じ、別れを選ぶ。
  • ゆり子は別の男性と結婚し、娘を出産後、夫の経営する会社を手伝う。
  • 娘の息子、啓太は純一郎に瓜二つで、ゆり子は彼を特に可愛がる。
  • ある日、新聞で純一郎が経済界の大物として活躍していることを知り、Eメールで連絡を取る。
  • 純一郎から返信があり、多忙な日々を送る中で、過去を懐かしむ感情を抱いていることが判明する。
  • ゆり子は、親友・篠田の励ましを受け、純一郎への想いを再確認する。
  • 大晦日、ゆり子は純一郎が滞在する群馬県前橋市へ向かうことを決意し、物語は終わる。