
「ワタクシハ」 のあらすじ(ネタバレあり)です。「ワタクシハ」 未読の方は気を付けてください。ガチ感想も書いています。羽田圭介さんの 「ワタクシハ」 は、かつて天才ギタリストとして名を馳せた山木太郎が、大学卒業を間近に控えて直面する就職活動と、音楽への情熱の間で揺れ動く心の葛藤を描いた作品です。華やかな世界の裏側にある現実、そして大人として生きていくことの厳しさが、赤裸々に描かれており、読み手の心に深く響きます。
主人公の山木太郎は、高校時代にオーディション番組で優勝し、瞬く間にスターダムを駆け上がったギタリストです。しかし、バンドはメンバーの不祥事や留学により活動休止に追い込まれ、太郎は鳴かず飛ばずの日々を送っていました。大学3年生になり、アナウンサーを目指す彼女の佐藤恵が就職活動を始めたことをきっかけに、太郎もまた「普通」の道へと目を向け始めます。
大手企業に次々と不採用通知を突きつけられる中で、唯一内定をもらえたのは長野の食品機械会社。ギタリストとしてのプライドと、安定した生活への憧れの間で葛藤する太郎の姿は、多くの現代の若者が抱える悩みを映し出しているかのようです。
最終的に太郎は、平日はサラリーマンとして長野で働き、週末は東京でギタリストとして活動するという、二足のわらじを履くことを決意します。これは、妥協ではなく、彼なりの「自分らしさ」を追求した結果と言えるでしょう。音楽への情熱を諦めず、新たな人生の道を切り開いていく太郎の姿は、私たちに勇気を与えてくれます。
「ワタクシハ」のあらすじ
羽田圭介さんの 「ワタクシハ」 は、高校時代に天才ギタリストとしてもてはやされた山木太郎が、大学卒業を目前に控え、就職活動という現実と向き合う物語です。高校2年生でオーディション番組「ジャパニーズ・ドリーム」のギタリスト部門で1位となり、半年後にはメジャーデビュー。バンドのCDは30万枚を売り上げ、紅白歌合戦にも出場するなど、順風満帆な音楽人生を送っていました。
しかし、ベーシストの永井が違法薬物で逮捕され、ボーカルの小早川がイタリアへ留学したことで、バンドはわずか1年足らずで活動休止に追い込まれます。付属の高校だったため受験勉強なしで大学に進学した太郎でしたが、この2年間は裏方での演奏や地方営業ばかりで、自分名義のCDはリリースしていませんでした。
大学3年生になり、同じサークルで出会って交際を始めた佐藤恵がアナウンサーの採用試験を受け始めたのをきっかけに、太郎も就職活動を意識し始めます。記念受験のつもりで面接を受けるも、派手な服装と「ワタクシハ」という独特の言葉遣いが仇となり、一次試験で落ちてしまいます。
大企業の社員としての安定した身分に憧れる一方で、ギタリストという不安定な職業も諦めきれない太郎は、長らく連絡を取っていなかったバンドメンバーにメールを送り、バンド活動の再開を呼びかけます。去年の夏から東京に帰っていた小早川とは、1週間後に打ち合わせを始めることになります。
そんな中、会社説明会の帰りに靖国通りの横断歩道でプラカードを持つアルバイトをしている永井と偶然鉢合わせします。不祥事を起こしてバンドを脱退した永井は、日雇いの仕事を転々とし、もはやベースを弾いていませんでした。永井に見切りをつけた太郎と小早川は、レコード会社を通じて新メンバーを募集します。
約1500人の応募者の中からデモテープ選考で200人まで絞り込み、最終審査には太郎も面接官として加わります。全員一致で選ばれたのは、実家が北海道で酪農家だという、デビュー当時の太郎にそっくりな宮台由紀夫という青年でした。
テレビ局、ラジオ局、大手広告代理店、メーカー、証券会社、コンサルタントと、特に業種を絞ることもなく漫然と面接を受け続ける太郎でしたが、いまだに1社も内定をもらえていませんでした。恵も全国ネットのキー局の採用試験は全滅し、地方の放送局に狙いを絞っていました。
徳島県までアナウンサー選考を受けに行くという恵を八重洲口のバスターミナルまで見送りにきた太郎は、ロータリーでギターケースの形をした電気自動車を目にします。不思議なデザインの車に興味を持った太郎は、大学の図書館でレファレンスサービスを利用し、新聞や学術論文を徹底的に調べます。製造元は有名な自動車メーカーではなく、長野県にある中規模の食品機械の製造設計を請け負う会社でした。ホームページにアクセスしてみましたが、去年に立ち上げたばかりで、2ヶ月前を最後に更新も止まっており、採用情報も載っていませんでした。
これまでのように就活サイトを通じてではなく、手紙と電話のやり取りで面接の機会を取り付けてもらった太郎は、東京から長野まで長距離バスで2時間程度かけて向かいます。一次面接で社長と対面した太郎は、ギターの腕前ではなく、日商簿記3級の資格をアピールします。そして、新しいベーシストの宮台が加入してから初めての野外フェスへの出演が決まった日、太郎はこの会社の採用選考を通過し、内定をもらうのです。
バンドの再始動というプロジェクトに真剣なチームワークを見せてくれたスタッフや、かつての情熱を今でも忘れていない小早川を裏切ることはできないと考える太郎。就職が決まって長野の社宅に引っ越した太郎は、月曜日から金曜日まではサラリーマンとして働くことにします。週末になるとローンを組んで買った国産のワゴン車を走らせて名古屋市まで移動し、そこから夜行バスに乗って東京へ向かうのが最短ルートです。いつものようにバス後方の窓際の席に座った太郎は、持ち込んだギターケースを通路側の席に置いて車窓から夜景を眺めます。明日は野外公園でのライブがありますが、名古屋の系列局で天気予報を担当している恵によると、よく晴れるとのことです。
「ワタクシハ」の感想・レビュー
羽田圭介さんの 「ワタクシハ」 を読み終えて、まず感じたのは、そのリアリティに裏打ちされた描写の巧みさです。現代の大学生が直面する就職活動の悩みや苦悩が、生々しく、そして等身大で描かれていて、まるで自分がその場にいるかのような錯覚に陥りました。特に、10代で天才ギタリストとしてもてはやされた主人公・山木太郎が、20歳を過ぎてから突きつけられる厳しい現実は、読者である私たちにほろ苦さを与えます。栄光の過去と、鳴かず飛ばずの現在。そのギャップに苦しむ太郎の姿は、多くの人が経験するであろう「理想と現実の乖離」を象徴しているかのようでした。
太郎のキャラクター造形も非常に魅力的です。長めの髪にポイントパーマをかけ、グレーのスーツの下に黒いスタッズを打ったベルトを巻いて一般企業の面接に臨む、その破天荒さには思わず笑ってしまいました。しかし、その根底には、まだ自分の中の「スター」が抜け切らない、ある種の青臭さが見え隠れします。就職活動という、彼の「普通ではない」人生に突然現れたハードルに対して、不器用ながらも必死にもがく姿は、読者の共感を呼びます。
物語が進むにつれて、自意識過剰でスター気分が抜け切らなかった太郎が、少しずつありのままの自分と向き合っていく姿には、非常に好感が持てました。何度も面接で落ち、挫折を経験する中で、彼は少しずつ現実を受け入れ、新たな自分を発見していきます。それは、かつての栄光にしがみつくのではなく、目の前の現実にきちんと向き合うことの大切さを教えてくれるようでした。
そして、最終的に彼が選んだ道が、平日はサラリーマンとして長野で働き、週末は東京でギタリストとして活動するという「二足のわらじ」であったことにも深く感銘を受けました。安定した生活と、音楽への情熱。そのどちらも諦めないという太郎の選択は、まさに現代の多様な生き方を肯定するメッセージのように感じられました。長野と東京を行き来するという物理的な距離も、彼自身の心の葛藤と成長を象徴しているかのようでした。その清々しいラストは、読み終えた後も、希望に満ちた余韻を残してくれます。
羽田圭介さんの筆致は、時にユーモラスで、時に鋭く、太郎の心の機微を繊細に描き出しています。特に、面接でのやり取りや、就職活動中の太郎の心理描写は、まるで自分自身の経験を追体験しているかのような錯覚を覚えました。それは、単なる「小説」という枠を超え、現代社会を生きる私たち自身の「物語」として、深く心に刻まれるものでした。
「ワタクシハ」 は、単なる就職活動の物語ではありません。それは、若者が大人へと成長していく過程で経験する、戸惑いや挫折、そしてそこから見出す新たな生き方を描いた、普遍的なテーマを持った作品です。音楽という華やかな世界と、会社員という堅実な世界の対比が、太郎の人生をより深く、そして多角的に描いているように感じました。
また、登場人物たちの個性も光っていました。太郎の彼女である佐藤恵のアナウンサーになるという夢へのひたむきさ、かつてのバンド仲間である小早川や永井との再会、そして新ベーシストの宮台由紀夫の登場。彼らとの関係性の中で、太郎は自己を見つめ直し、成長していきます。特に、永井との再会は、かつての栄光と現在の状況のコントラストを際立たせ、太郎自身の選択の重みを浮き彫りにしています。
この作品は、一度読み始めると止まらない、そんな中毒性があります。太郎の次に何をするのか、彼はどんな選択をするのか、常にその行方が気になり、ページをめくる手が止まりませんでした。それは、太郎の抱える悩みが、私たち自身の悩みに通じる部分が多いからかもしれません。将来への不安、夢と現実の狭間での葛藤、そして自分らしい生き方を探す旅。これらのテーマは、年齢や立場を問わず、多くの人の心に響くのではないでしょうか。
「ワタクシハ」 は、私たちに問いかけます。本当の自分とは何か?幸せな生き方とは何か?そして、困難な状況に直面した時、私たちはどうするべきなのか?その答えは一つではありません。太郎が自分なりの答えを見つけたように、私たちもまた、この作品を読み終えた後、自分自身の人生について深く考えるきっかけを与えられることでしょう。
最後に、この作品が示すメッセージは、決して諦めないことの大切さです。一度は挫折を味わい、自分の才能に疑問を抱いた太郎ですが、それでも彼は音楽への情熱を捨てませんでした。そして、新たな形でその情熱を追い求める道を見つけ出しました。それは、私たち読者にとって、大きな勇気と希望を与えてくれるものです。もしあなたが今、人生の岐路に立っているなら、あるいは何か新しいことに挑戦しようとしているなら、ぜひ 「ワタクシハ」 を読んでみてください。きっと、あなた自身の「ワタクシハ」を見つけるヒントが得られるはずです。
まとめ
「ワタクシハ」 のあらすじ(ネタバレあり)をまとめます。
- 高校時代にオーディション番組で優勝し、天才ギタリストとして名を馳せた山木太郎が主人公です。
- バンドはメンバーの不祥事や留学により活動休止に追い込まれ、太郎は鳴かず飛ばずの日々を送ります。
- 大学3年生になり、彼女の佐藤恵が就職活動を始めたことをきっかけに、太郎も就職活動を始めます。
- 派手な服装と「ワタクシハ」という言葉遣いが原因で、面接では次々と不採用になります。
- かつてのバンドメンバーに連絡を取り、バンド活動の再開を呼びかけます。
- ベーシストの永井は日雇いの仕事をしており、ベースを弾いていませんでした。
- 新メンバーを募集し、デビュー当時の太郎にそっくりな宮台由紀夫が選ばれます。
- 漫然と就職活動を続ける中、ギターケースの形をした電気自動車に興味を持ち、製造元を調べます。
- 長野の食品機械会社から唯一内定をもらい、サラリーマンとして働くことを決めます。
- 平日は長野でサラリーマン、週末は東京でギタリストとして活動する「二足のわらじ」の生活を送ります。