
「#柚莉愛とかくれんぼ」のあらすじ(ネタバレあり)です。「#柚莉愛とかくれんぼ」未読の方は気を付けてください。ガチ感想も書いています。この物語は、売れないアイドルグループ「となりの☆SiSTERs」のセンター、青山柚莉愛が、事務所の指示でライブ配信中に血を吐いて倒れるという衝撃的なドッキリを仕掛けるところから始まります。そのドッキリは、ネット上で大きな騒動を引き起こすことになるんです。
柚莉愛の行動の裏には、次のCDが目標枚数を達成しなければグループが解体されてしまうかもしれない、という切実な事情がありました。彼女は、仲間たちと築き上げてきたものを守りたい一心で、不本意ながらも過激な企画に身を投じます。しかし、その純粋な願いとは裏腹に、事態は予想もしない方向へと転がっていくのです。
ドッキリの翌日、ネタばらし配信が行われると、ネットは非難の嵐に包まれます。そして、その炎上を影で煽る謎の人物「僕」の存在が明らかになっていきます。「僕」は一体誰なのか、そして柚莉愛と「となりの☆SiSTERs」の運命はどうなってしまうのでしょうか。息をのむ展開が読者を待ち受けています。
物語は、アイドルの華やかな世界の裏側にある葛藤や、ネット社会の匿名性、炎上の恐ろしさといった現代的なテーマを鋭く描き出しています。登場人物たちの心の揺れ動きがリアルで、読む者の心を揺さぶります。特に、柚莉愛が直面する過酷な現実は、読んでいるこちらも胸が苦しくなるほどです。
「#柚莉愛とかくれんぼ」のあらすじ(ネタバレあり)
青山柚莉愛は、3人組の地下アイドルグループ「となりの☆SiSTERs」でセンターを務めています。しかし、グループの人気は鳴かず飛ばず。事務所の先輩アイドルが華々しい成功を収めているのとは対照的に、彼女たちは常に解散の危機と隣り合わせでした。マネージャーの田島は、起死回生の一手として、柚莉愛にライブ配信でのドッキリ企画を命じます。それは、配信の最後に血を吐いて倒れ、「#柚莉愛とかくれんぼ」というハッシュタグと共に謎のメッセージを表示するというものでした。本当はやりたくない柚莉愛でしたが、グループ存続のため、そしてメンバーとの絆を守るために、この無謀な企画を受け入れます。金曜日の夜、柚莉愛は事務所が用意した部屋から、いつものように笑顔で配信を始めますが、その裏では大きなプレッシャーと戦っていました。そして、計画通り血糊を吐いて倒れる演技をすると、ネット上は騒然となります。一方、部屋に引きこもりネットの世界を漂う「僕」は、@TOKUMEIというアカウントで柚莉愛に辛辣なアドバイスを送り続ける人物。彼(彼女?)もまた、この一部始終を目撃していました。
「僕」は、柚莉愛が倒れた配信動画を詳細に分析し、最後のメッセージを持つ手が柚莉愛のものではないことを見抜き、その情報をSNSで拡散します。ネット上では様々な憶測が飛び交い、「ライブ配信部屋の窓に『頭文字はH』と見える」といった具体的な指摘も現れ、事態はさらに混乱を深めます。翌土曜日、柚莉愛は「重大発表」と称して再びライブ配信を行い、前夜の出来事がドッキリであったことを告白。11月発売の新曲「Help Me!」にちなんだ企画だったと説明しますが、この釈明は火に油を注ぐ結果となり、ネットは非難と誹謗中傷で大炎上します。事務所のもくろみは外れ、柚莉愛は心身ともに深く傷つくのでした。そんな彼女を、メンバーの江藤久美はLINEで励まします。
「僕」は、別のアカウントも巧みに使い分け、ネットの炎上をさらに煽り立てます。まとめサイトに情報を流し、柚莉愛への攻撃を巧妙に誘導していく「僕」。ネットを知り尽くした自分だからこそできることだと、歪んだ達成感を覚えます。しかし、その一方で、「今回の騒動は、アイドルが自分の思い通りにならないことに怒る人々によって引き起こされた」という冷静な分析も現れ、「僕」は内心の動揺を隠せません。柚莉愛の心を完全に支配することはできない、という無力感も感じ始めていました。そんな中、「となりの☆SiSTERs」の握手会が開催されます。柚莉愛には同情的な声も寄せられますが、多くの罵声も浴びせられ、精神的に追い詰められた彼女は途中で握手会を抜け出してしまいます。そして、母親との待ち合わせ場所で待っている最中、何者かに襲われ意識を失ってしまうのでした。
「僕」は自室のパソコンの前で、ネットの炎上を眺めながら、自分が引き起こした事態にわずかな後悔の念を抱き始めていました。そして、衝撃の事実が明かされます。「僕」の正体は、なんと「となりの☆SiSTERs」のメンバーである江藤久美だったのです。久美は、売れないアイドル活動への不安、大学へも行かずに費やしてきた時間への焦り、そしてアイドルとしての自分と本当の自分とのギャップに苦しみ、「僕」という別人格を作り出すことで心のバランスを保とうとしていたのでした。彼女がネットで柚莉愛を攻撃していたのは、柚莉愛が悲劇のヒロインとなることで同情を集め、結果的に人気が出るだろうという歪んだ計算からでした。そして、久美こそがセンターにふさわしいと信じる一部のファンがいました。柚莉愛を襲ったのは、どうやらその久美を盲信するファンの男性だったようです。監禁された柚莉愛は、犯人の男によって自身のスマホから「助けて」とSNSに投稿されてしまいます。しかし、一度ドッキリで裏切られたファンたちは、その悲痛な叫びを本気にせず、誰も助けようとはしないのでした……。
「#柚莉愛とかくれんぼ」の感想・レビュー
この「#柚莉愛とかくれんぼ」という作品は、第61回メフィスト賞を受賞したと聞いて、手に取りました。メフィスト賞といえば、既存の文学賞の枠には収まりきらない、エッジの効いた個性的な作品を選出することで知られていますから、読む前からどのような物語が展開されるのだろうかと、期待に胸を膨らませていたんです。そして、実際にページをめくり始めると、その期待は良い意味で裏切られることになりました。非常に現代的で、生々しいテーマを扱いながらも、軽快な筆致で物語がぐいぐいと進んでいくのです。
まず心を掴まれたのは、現代社会の縮図とも言えるネットの描写です。特にSNSにおける情報の拡散の速さ、匿名性に隠れた誹謗中傷の残酷さ、そして「炎上」という現象がいかに簡単に、そして無責任に発生してしまうのかという現実が、これでもかというほどリアルに描かれています。読んでいるこちらも、まるでその渦中にいるかのような錯覚を覚えるほどでした。主人公の柚莉愛が仕掛けたドッキリが、事務所の思惑とは裏腹に大炎上していく過程は、本当に息苦しくなるほどです。一つの軽率な行動、あるいは計算された行動が、どれほど大きな波紋を呼び、個人の尊厳を傷つけてしまうのか。この物語は、私たちにその恐ろしさを改めて突きつけてきます。
そして、この物語のもう一つの大きな柱は、アイドルの世界の過酷さです。「売れたい」という切実な願いと、なかなか結果が出ない焦り。ステージの上で見せる笑顔の裏に隠された、計り知れないプレッシャーや葛藤。柚莉愛をはじめとする「となりの☆SiSTERs」のメンバーたちが抱える悩みは、決して他人事とは思えませんでした。特に、事務所から求められる「キャラクター」と、本当の自分との間で揺れ動く少女たちの姿は、読んでいて胸が締め付けられる思いでした。人気商売であるがゆえの不安定さ、ファンからの期待という名の重圧、そして仲間でありライバルでもあるメンバーとの複雑な関係性。キラキラとした世界の裏側にある、生々しい現実がそこにはありました。
登場人物たちの心理描写も、この作品の大きな魅力の一つだと感じています。主人公の青山柚莉愛は、どこか危うさを抱えた少女です。彼女がセンターとしての重圧や、グループ解散の危機から逃れるために、過激なドッキリに手を染めてしまう気持ちは、理解できる部分もあります。しかし、その行動がさらなる悲劇を引き起こしてしまう展開は、非常にやるせないものでした。彼女の純粋さが、裏目に出てしまう皮肉。そして、彼女が追い詰められていく中で見せる弱さや脆さは、読者の庇護欲を掻き立てると同時に、現代社会で生きる多くの若者が抱える息苦しさを象徴しているようにも思えました。
そして、物語の鍵を握る「僕」の存在。その正体が同じグループのメンバーである江藤久美だと明かされた時の衝撃は、かなりのものでした。久美が抱える闇、それは柚莉愛に対する嫉妬心だけではなく、自分自身の存在価値を見出せないことへの深い絶望感から来ているように感じます。ネットという仮面を被り、匿名で柚莉愛を攻撃することでしか自己を肯定できなかった彼女の姿は、痛々しくも哀れです。なぜ彼女は「僕」にならなければならなかったのか。その背景にある、アイドル業界の構造的な問題や、現代の若者が抱える心の闇について、深く考えさせられました。「僕」を支持する一部のファンの存在もまた、現代の病理を映し出しているようで、背筋が寒くなる思いがしました。彼らがアイドルに求めるもの、そしてその歪んだ愛情表現は、一体どこから来るのでしょうか。
物語の構成としては、ライトノベルを思わせるような読みやすい文体でありながら、扱っているテーマは非常に重く、そのギャップが独特の読後感を生み出していると感じます。ドッキリ企画というキャッチーな導入から、事態がどんどん深刻化していくスピード感は、ページをめくる手を止めさせません。柚莉愛の視点と「僕」の視点が交互に描かれることで、物語に奥行きが生まれ、読者は多角的に事件の真相に迫っていくことになります。特に、「僕」の正体が明らかになる場面のどんでん返しは鮮やかで、それまでの伏線が一気に回収される快感がありました。
ただ、これは本当に個人的な感想なのですが、参考情報にもあったように、結末についてはもう少し救いが欲しかったな、と思ってしまう部分もあります。柚莉愛が監禁され、助けを求める声も誰にも届かないというラストは、あまりにも残酷で、読後に重たいものが残りました。もちろん、この結末だからこそ、物語が投げかける問題提起の鋭さが際立ち、読者に強烈な印象を残すのだということは理解できます。安易なハッピーエンドにしなかったことで、現実の厳しさや、問題の根深さがより一層強調されているのかもしれません。しかし、それでもやはり、どこかに一筋の光が見えるような終わり方であってほしかった、と願わずにはいられませんでした。それは、私が物語に甘さを求めてしまうからなのかもしれませんが。
この「#柚莉愛とかくれんぼ」は、単なるエンターテイメント小説としてだけでなく、現代社会が抱える様々な問題点を浮き彫りにする作品としても、非常に読み応えがありました。SNSとの付き合い方、アイドルという文化の消費のされ方、若者の承認欲求と孤独感。そういったテーマについて、読後に改めて考えさせられることでしょう。特に、若い世代の方々にとっては、共感できる部分も多いのではないでしょうか。そして、大人世代にとっては、現代の若者が直面している現実の一端を知るという意味でも、示唆に富む作品だと思います。この物語が読者に何を残すのか。それは、きっと読者一人ひとりの心の中にある問題意識と深く結びついてくるはずです。読み終えた後、しばらくの間、登場人物たちの運命や、物語が問いかけるものについて、考えを巡らせてしまう。そんな力を持った一冊でした。
まとめ
- 売れないアイドル・柚莉愛は、グループ存続のためライブ配信で血を吐くドッキリを強行します。
- ドッキリはネットで大騒ぎになりますが、翌日のネタばらしで大炎上します。
- 謎の人物「僕」が、ネットで炎上をさらに煽動します。
- 「僕」は柚莉愛の配信映像を分析し、矛盾点を指摘して注目を集めます。
- 握手会で罵声を浴びた柚莉愛は、会場を抜け出した後、何者かに襲われ気を失います。
- 炎上を煽っていた「僕」の正体は、同じグループのメンバー・江藤久美でした。
- 久美は、柚莉愛への嫉妬と自己肯定感の低さから「僕」として活動していました。
- 久美は、柚莉愛が悲劇のヒロインになることで人気が出ると考えていました。
- 柚莉愛を襲ったのは、久美をセンターに推す狂信的なファンの男性でした。
- 監禁された柚莉愛はSNSで助けを求めますが、以前のドッキリのせいで誰にも信じてもらえません。