『藪の中』は、死体が発見された藪での出来事を巡って、複数の証言が食い違うことで物語が展開します。登場人物たちの証言は、どれも一部が真実のようでありながらも、決して完全に一致しません。
木樵り、旅法師、犯人である多襄丸、そして被害者の妻・真砂が語る事件の真相は、それぞれ異なり、混乱が深まるばかりです。さらに、真砂の母や夫の死霊までもが事件について証言を残します。
最終的に、誰が真実を語っているのか、誰が武弘を殺したのかは明らかになりません。「藪の中」というタイトル通り、真相は不明瞭なまま物語は終わります。
- 木樵りと旅法師の証言
- 犯人多襄丸の供述
- 妻真砂の懺悔
- 夫の死霊の語り
- 真相が「藪の中」に残る理由
「藪の中(芥川龍之介)」の超あらすじ(ネタバレあり)
第1章: 藪の中で発見された死体
物語は、木樵りが藪の中で死体を発見する場面から始まります。死体は胸に突き傷があり、杉の根元には縄と櫛が落ちていました。木樵りの証言によれば、死体はあおむけに倒れていて、周囲の草は踏み荒らされていたようです。その場所は人通りが少なく、馬も入れないような場所だったとのことです。
続いて、旅法師も同じ男性を前日に目撃していたことを証言します。彼は、死体となった男が、馬に乗った女性と一緒に歩いていた姿を確認していました。女性の顔は見えなかったものの、衣の色だけははっきりと覚えていたそうです。旅法師は、まさかこの男性が殺されるとは思っておらず、その出来事に心を痛めている様子でした。
このように、木樵りと旅法師の証言によって、物語は一見した平和な旅路が突然悲劇へと変わったことが浮かび上がってきます。彼らの証言は、物語の謎解きの重要な手がかりとなります。
第2章: 犯人と消息不明の女性
事件の重要な進展は、盗賊として悪名高い多襄丸が捕らえられたことです。放免(検非違使の下で働く役職)が多襄丸を捕らえた際、彼は弓矢や馬を所持しており、それらは殺された男のものだと確認されました。多襄丸は、女性を好む性格で知られており、今回の事件でもその傾向が疑われます。
また、殺された男の妻である真砂の行方が分からなくなっています。真砂の母親が、娘の安否を心配して涙ながらに訴えていますが、彼女の姿は事件の現場からも消えています。真砂がどこへ行ったのかは、依然として謎に包まれたままです。
多襄丸が犯人であることは明らかになっているものの、彼がどのようにして男を殺し、真砂に何が起こったのかについては詳細が不明なまま、物語は次の展開へと進んでいきます。
第3章: 食い違う証言
事件の核心に迫るのは、捕らえられた多襄丸の供述です。彼は、確かに男を殺したと認めていますが、女(真砂)を殺してはいないと主張します。多襄丸によれば、彼は藪の中で夫婦に出会い、女が非常に美しかったため、彼女を奪おうと考えました。そして、男を藪の中に誘い込み、木に縛りつけたのだと語ります。
多襄丸は、男との戦いの末に彼を殺してしまいますが、その時には女はすでにいなくなっていたと主張します。この供述からは、彼が女を殺していないという点で一貫していますが、実際に何が起こったかは依然として謎です。
また、多襄丸の証言により、事件に関する証言の食い違いが明確になってきます。彼の証言と、その他の人物の証言が一致しない部分が多く、誰が真実を語っているのかがますます不明瞭になります。
第4章: 真相は「藪の中」
最終的に、清水寺で懺悔をする真砂の姿が描かれます。彼女は手籠めにされた後、夫の冷たい視線を感じ、耐えられずに夫を殺してしまったと告白します。しかし、その後、何度も自分を死のうと試みましたが、死にきれなかったと涙ながらに語ります。
さらに、殺された夫の死霊が巫女を通じて語りかけます。彼の証言によれば、盗人は妻に逃げるように促し、自分は小刀を使って自害したとのことです。彼もまた、事件の全貌を把握していない様子で、結局のところ真相ははっきりしません。
物語全体を通じて、事件の真相は「藪の中」に隠されたままです。全員の証言が食い違っており、真実は誰にも分からないまま物語は幕を閉じます。
「藪の中(芥川龍之介)」の感想・レビュー
『藪の中』は、死体が発見されるというミステリアスな事件を巡り、複数の人物の証言が入り乱れる独特な物語です。それぞれの証言が食い違い、誰が本当のことを言っているのかが分からなくなる様は、読者に強い混乱と疑問を抱かせます。木樵りや旅法師、多襄丸、そして被害者である武弘の妻・真砂までもが、それぞれ異なる視点から事件について語るため、どの証言にも一部の真実が含まれているように見えながら、決してすべてがつながらないのが『藪の中』の特徴です。
この構成によって、物語は読者に一つの真実を示すのではなく、異なる視点を重ねて物事の曖昧さや不確かさを浮き彫りにしています。誰もが自身の視点で語る証言は、それぞれが独立した真実でありながら、同時に他の証言と矛盾しているため、真実がつかみにくいのです。
特に、多襄丸の証言や真砂の懺悔、さらに武弘の死霊の語りが登場することで、事件の真相がますます混迷を深めます。多襄丸は事件の加害者であるにもかかわらず、彼の供述も決して完全なものではなく、むしろ自分の欲望や衝動が彼の判断を曇らせているように感じられます。一方で、真砂の告白も、自分の行動に対する強い罪悪感や混乱が現れており、冷静に真実を語っているとは思えません。
また、武弘の死霊が語る場面は、事件の神秘性をさらに高めます。死者が語るという霊的な要素が加わることで、物語全体に幻想的な雰囲気が漂い、現実と非現実が曖昧に混じり合います。この点が、『藪の中』の魅力の一つでもあり、ただのミステリーではなく、人間の心理や感情の複雑さ、そして事実の不確かさを象徴する深いテーマが感じられます。
最終的に、この物語は明確な結論や解決を示すものではなく、「真実は一つではなく、見る人の立場によって変わる」というメッセージを投げかけています。誰が嘘をついているのか、誰が本当のことを語っているのかという問いに対して、明快な答えは与えられません。これが『藪の中』の深みであり、読者に強い余韻を残す要因となっているのです。物語の終わりまで、真相がつかめないままのこの作品は、事件の真相だけでなく、人間の持つ多様な心理や真実の曖昧さを描き出しています。
まとめ:「藪の中(芥川龍之介)」の超あらすじ(ネタバレあり)
上記をまとめます。
- 木樵りが藪の中で死体を発見する
- 旅法師が事件の被害者と遭遇している
- 多襄丸が犯人として捕らえられる
- 妻・真砂の行方が不明になる
- 多襄丸が男を殺したと供述する
- 多襄丸の証言と他の証言が食い違う
- 真砂が夫を殺したと告白する
- 夫の死霊が事件について語る
- 事件の真相が明らかにならない
- 物語の結末は真相不明のまま終わる