『きことわ』は、葉山町の別荘を舞台に、少女時代の思い出と再会を描いた物語です。
幼い貴子と彼女の母親が迎え入れた管理人・淑子とその娘・永遠子との交流、そして母の死後、疎遠になった二人が25年ぶりに再会する様子が描かれています。過去と現在が交錯する中で、別荘の整理とともに二人は新たな約束を交わし、再び未来に向かって歩き出します。
情緒豊かな風景描写と共に、人間関係の深い絆が描かれた作品です。
- 『きことわ』の物語の舞台と登場人物
- 貴子と永遠子の過去の交流
- 母の死後の二人の関係の変化
- 25年ぶりの再会とその経緯
- 物語のテーマと情緒豊かな描写
「きことわ」の超あらすじ(ネタバレあり)
葉山町の坂の上に立つ大きな木造の家は、祖母が株取引で得た財産で購入した貸別荘です。祖母は貴子が生まれてすぐに亡くなりましたが、この家は貴子の幼少期の思い出のすべてを詰め込んでいます。貴子の母親、春子は体が弱く、広い家を管理するのが難しかったため、新聞広告で管理人を募集しました。そうして応募してきたのが、淑子という女性と、その娘の永遠子です。
永遠子は貴子よりも7歳年上で、まだ幼かった貴子にとって、姉のような存在でした。晴れた日には、二人で浜辺に行き、波と戯れました。雨の日には水族館で魚たちを見て楽しみました。夜になると、二人は背中を合わせて寝転び、絵本を読み合いました。貴子にとって、永遠子との日々はとても大切なものでした。
しかし、貴子が小学3年生のときに、母の春子が急に亡くなります。貴子は大きな悲しみに包まれますが、永遠子もまた母を失ったばかりの貴子を支えることはできませんでした。やがて、貴子のおじである和雄が貴子を葉山の家から連れ出すようになり、永遠子との連絡は途絶えてしまいました。
葉山の冬は温暖で、雪が降ることはめったにありません。しかし、貴子がまだ小さい頃、一度だけ別荘の中庭で雪が積もったことがありました。その日、貴子は和雄と一緒に雪だるまを作りました。和雄は「雪博士」と称される中谷宇吉郎のことを尊敬しており、彼が初めて人工雪を作った日が3月12日だと教えてくれました。
貴子は和雄からたくさんの雪に関する話を聞き、雪の結晶が一つとして同じ形をしていないことを学びました。この日は、永遠子の誕生日でもありましたが、永遠子はもう貴子の前にはいませんでした。
春子が亡くなって3年が過ぎた頃、和雄は突然、資産管理会社に勤め始めます。葉山の別荘には誰も通わなくなり、維持するだけで税金がかかるため、和雄は別荘を手放すことを考え始めました。また、長年別荘の管理を任されていた淑子も高齢で骨折してしまい、これ以上の負担をかけることはできませんでした。
貴子は、和雄が別荘を手放すと決めたことを受け、25年ぶりに葉山の別荘を訪れることにしました。貴子は恵比寿駅から湘南新宿ラインに乗り、逗子駅前の有名な和菓子店で永遠子のために大福もちと栗鹿の子を買い、バスに乗り換えて松影の重なる停留所で降りました。貴子が別荘に到着すると、家は時が止まったかのようにそのまま建っていました。
約束の時間になると、玄関のベルが鳴り、ショートカットにした永遠子が姿を現しました。永遠子は鎌倉の和菓子屋で正社員として働いた後、百貨店の営業担当者と結婚し、夫と逗子市内のマンションに住んでいます。小学生の娘もおり、幸せな家庭を築いていました。一方の貴子は、独身のまま母と同じ年齢に達し、中学生たちに国語を教えています。
貴子はかつて付き合っていた男性と別れたこと、そしてその男性が既婚者であったことを永遠子に打ち明けます。しかし、永遠子は「死ななくてよかった」と淡々と返答し、貴子を励ましました。
貴子と永遠子は、葉山の別荘での最後の時間を過ごしながら、家の整理を始めます。2階には貴子の本や、春子の遺品であるレコードが積まれていました。これらをダンボールに詰め、自宅に送る準備をしました。その後、リサイクルショップの店員が訪れ、家具や食器を査定し、それなりの値段がつきました。
貴子は永遠子に感謝の気持ちを伝えようと「謝礼」と書かれた現金入りの封筒を差し出しましたが、永遠子は「私は淑子の代理として来ただけ」と言って遠慮しました。二人が押し問答をしていると、和雄が仕事を抜け出して合流しました。和雄のきっちりと整えた髪とスーツ姿に、貴子と永遠子は思わず笑ってしまいました。
午後の光がリビングに差し込む頃には、荷物の発送と後片付けが終わり、雨戸を閉めるともうやるべきことは残っていませんでした。
葉山の別荘は、来月にはブルーシートで覆われ、重機が入り、あっという間に解体されてしまいます。貴子と永遠子は、今後も会うことを約束し、過去の思い出を胸に新たな一歩を踏み出すことにしました。
二人は携帯電話を開き、お互いのスケジュールを確認して、次に遊びに行く約束をしました。心地よい疲労感に包まれながら、別荘での最後の時間をしっかりと胸に刻んだ二人は、葉山の思い出を後にし、前向きに未来を見据えて歩き出します。
「きことわ」の感想・レビュー
『きことわ』を読んで、葉山町の別荘という舞台が、過去と現在をつなぐ重要な場所として描かれていることが印象的でした。幼い貴子が母・春子と過ごしたこの場所は、貴子の成長とともに変わらずそこにあり続け、彼女の心の中にも深く刻まれています。
特に、母が亡くなった後に貴子が抱える寂しさと孤独感が、幼少期の思い出と対比されて描かれている点が心に残りました。貴子と永遠子が別れ、そして再会するまでの時間の流れが、葉山の家を中心に展開されることで、読者としてもその場所に対する愛着を感じることができます。
また、貴子と永遠子が25年ぶりに再会する場面では、二人が互いにどのような人生を歩んできたのかが丁寧に描かれ、彼女たちの成長や変化が伝わってきました。永遠子が家庭を持ち、貴子が独身のまま教職に就いているという対照的な状況が、二人の選んだ人生の違いを際立たせています。
物語の最後に、二人が別荘の整理を通じて過去を清算し、新たな一歩を踏み出すシーンは、とても感動的でした。長い年月を経て再び結ばれる二人の絆が、過去にとらわれず未来を見据える力を与えてくれるように感じました。
『きことわ』は、ノスタルジックな風景描写と共に、人間関係の変化と成長を巧みに描いた作品です。葉山の自然や、そこに流れる時間が、登場人物たちの心の動きを反映しているかのようで、物語全体に深みを与えています。過去を振り返りながらも、前を向いて歩き出す勇気を持つことの大切さを教えてくれる、とても心に残る作品でした。
まとめ:「きことわ」の超あらすじ(ネタバレあり)
上記をまとめます。
- 『きことわ』の舞台は葉山町の別荘である
- 貴子は幼少期に母と共に別荘で暮らす
- 管理人として淑子と娘の永遠子が雇われる
- 貴子と永遠子は7歳差で姉妹のように過ごす
- 貴子の母が若くして亡くなる
- 母の死後、貴子と永遠子は疎遠になる
- 25年後、貴子と永遠子が再会する
- 別荘の整理を通じて二人は再び交流する
- 再会をきっかけに新たな約束を交わす
- 物語は過去と現在の人間関係を描く