
7月には「海の日」、8月には「山の日」。夏の訪れとともにやってくるこれらの祝日、「やった、休みだ!」と喜ぶけれど、「そもそも、なんで休みなんだろう?」と疑問に思ったことはありませんか?「海の日があるなら、山の日もないとおかしい!」なんて話も聞いたことがあるかもしれません。
実は、この2つの祝日には、日本の歴史や文化、そして経済まで関わる、深くて面白いストーリーが隠されています。この記事を読めば、海の日と山の日の誕生秘話から、日付が変わった意外な理由、そして私たち日本人にとって海と山が持つ特別な意味まで、すべてがスッキリわかります。ただの休日が、もっと意味のある一日に見えてくるはずです。さあ、一緒に謎を解き明かしていきましょう!
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「海の日」が7月20日から動いた本当の理由
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「山の日」が8月11日に決まった裏側のドラマ
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祝日になるまでの道のりは、海と山で全く違ったこと
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オリンピックで祝日が移動した意外な目的
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祝日を通して考える、これからの自然との付き合い方
【海の日編】知ってる?「海の日と山の日」の原点
夏を代表する祝日、「海の日」。今では7月の第3月曜日として定着していますが、その始まりは100年以上も前にさかのぼります。そして、祝日になるまでには、海に関わる人々の長い間の熱い想いがありました。ここでは、意外と知られていない海の日の誕生秘話と、その歴史の変遷を紐解いていきます。
明治天皇が由来?「海の記念日」の誕生秘話
海の日のルーツは、なんと明治時代にあります。そのきっかけは、1876年(明治9年)7月20日、明治天皇が東北地方への旅を終え、船で横浜港に無事に帰り着かれたことでした。この時乗っていたのが、軍の船ではなく、イギリスで作られた最新の灯台巡視船「明治丸」。これは、当時の日本の近代化を象徴する出来事でした。
この出来事は、「これからの日本は、海とともに発展していくんだ!」という国からの強いメッセージでした。天皇自らが近代的な船で安全な船旅をしたことで、国民の海運への信頼は一気に高まったのです。
しかし、この日がすぐに祝日になったわけではありません。65年後の1941年(昭和16年)、太平洋戦争が近づく緊張の中、海の重要性を国民に広める目的で、7月20日はまず「海の記念日」として制定されました。近代化の象徴だった出来事が、時代を経て、国策のために再び注目されたのです。
祝日化への長い道のり:産業界の熱い想い
「海の記念日」が、誰もが休める「国民の祝日」になるまでには、さらに長い年月と、海に関わる人々の粘り強い運動が必要でした。その道のりは、なんと35年以上にも及びます。
運動の中心となったのは、船会社や造船会社、漁業関係者といった、まさに海と共に生きてきた産業界の人々でした。彼らは1959年に「海の日協会」を設立し、「海の恩恵に感謝し、海洋国日本の繁栄を願う日を、国民の祝日にしよう!」と、組織的な活動をスタートさせたのです。
運動は、全国の主婦たちの署名活動にまで広がり、政治家たちも動かし始めます。そしてついに、1000万人を超える署名と、全国の自治体の約7割からの後押しを受け、1995年に法律が改正。翌1996年7月20日、念願の最初の「海の日」がやってきました。これは、特定の産業界が一体となって、国家の暦を動かした、日本の祝日史の中でも珍しいケースなのです。
なぜ日付が変わった?ハッピーマンデー制度の光と影
「あれ?でも海の日って、月曜日じゃなかったっけ?」と思った人も多いでしょう。その通りです。制定当初は7月20日に固定されていた海の日は、2003年から7月の第3月曜日に変更されました。これが、いわゆる「ハッピーマンデー制度」です。
この制度の目的は、祝日を月曜日に動かして3連休を作り、観光やレジャーを盛り上げて経済を活性化させること。つまり、経済的な効果を狙った政策でした。
しかし、この変更は大きな問題を投げかけます。日付が動くことで、明治天皇の横浜帰着という、祝日が持つ本来の歴史的な意味が薄れてしまったのです。「記念日」としての意味よりも、「休日」としての経済的な機能が優先された結果と言えるでしょう。この意義の希薄化を補うため、毎年7月の1か月間を「海の月間」として、海への関心を高める様々なイベントが行われるようになりました。歴史的な意味と経済的な要請の板挟みになった、海の日の複雑な立場がうかがえます。
私が子どもの頃、夏休みに家族と海水浴に行くのが毎年の楽しみでした。当時は7月の第3月曜日が「海の日」で、3連休になるのがただ嬉しかったのを覚えています。でも、その日がもともと7月20日という固定された日で、そこには日本の近代化を象徴するドラマがあったなんて、全く知りませんでした。経済のために連休が増えるのは嬉しいけれど、その背景にある歴史や文化的な意味を知ることで、ただの休日が少し特別な一日に感じられます。今年の海の日には、昔の出来事に少しだけ思いを馳せながら、海の恵みに感謝してみたいです。
【山の日編】実は新しい!「海の日と山の日」の相方
日本の国土の約7割は山地。そんな私たちにとって身近な「山」を祝う日、「山の日」は、実は2016年に誕生した最も新しい国民の祝日です。その制定の背景には、「海の日があるなら、山の日もないとおかしい!」という、非常にシンプルで、多くの人が共感する想いがありました。海の日とは対照的な道のりを経て生まれた、山の日の物語を見ていきましょう。
「海の日があるなら山の日も」シンプルな理由で生まれた祝日
山の日の制定運動は、まさに「海の日」の存在がきっかけでした。「四方を海に囲まれた海洋国家だから『海の日』がある。でも、国土の7割が山なのだから、『山の日』もないと片手落ちじゃないか」。この素朴な意見は、多くの国民の心に響きました。
運動を引っ張ったのも、海の日とは対照的です。海の日が巨大な産業界主体だったのに対し、山の日は日本山岳協会をはじめとする、山を愛する文化団体や自然保護団体が中心でした。彼らは2010年に「『山の日』制定協議会」を立ち上げ、産業振興よりも、自然への感謝や文化的な価値を訴える形で運動を進めたのです。
この市民からの声は、やがて超党派の国会議員による「『山の日』制定議員連盟」の設立へと繋がり、政治的な大きな力となりました。特定の産業界からの強力な後押しがなくても、文化的な正しさや国民の共感が、新しい祝日を生み出す力になることを証明したのです。その結果、運動開始からわずか数年後の2014年に法案が可決。2016年8月11日に、最初の「山の日」が施行されました。
なぜ8月11日?日付決定の知られざる裏側
山の日の日付を決めるプロセスは、この祝日の性格をよく表しています。当初、最も有力だったのは8月12日でした。多くの企業がお盆休みに入る時期に祝日を設ければ、より長い夏休みが取りやすくなる、という経済的なメリットを考えた案でした。
しかし、この日付には、多くの日本人が忘れることのできない悲しい記憶が刻まれていました。1985年のこの日、日本航空123便が群馬県の御巣鷹の尾根に墜落し、520名もの命が失われたのです。多くの遺族が慰霊登山を行うこの日を、国民が「祝う」日にすることに対して、「不謹慎ではないか」という強い反対の声が上がりました。
この国民感情を無視することはできませんでした。経済的なメリットよりも、悲劇の記憶に対する敬意と配慮が優先され、8月12日案は断念。最終的に、日付は1日前の8月11日に決まりました。後から、漢字の「八」が山の形に、「11」が木々が並ぶ姿に見える、という素敵な意味付けもされましたが、その背景には、経済合理性よりも国民の感情を大切にした、深い配慮があったのです。
私の家から比較的近い場所に、気軽に登れる小さな山があります。休日にハイキングをすると、木々の香りや鳥の声に癒やされ、心身ともにリフレッシュできます。「山の日」ができたことで、そんな身近な自然のありがたさを改めて感じる機会が増えたように思います。そして、その日付が8月11日である理由を知った時、大きな衝撃を受けました。もし8月12日になっていたら、祝う気持ちと追悼の気持ちが入り混じり、複雑な心境になっていたかもしれません。多くの人々の悲しみに寄り添って決められたという事実は、「山の日」という祝日に、ただ休むだけではない、深い重みを与えていると感じます。
【比較編】海の日と山の日の違いと共通点
海の日と山の日は、どちらも日本の自然の恵みに感謝する祝日ですが、その誕生の背景や性格は大きく異なります。一方で、国家的なイベントによって運命を左右されるという、意外な共通点も見えてきます。ここでは、二つの祝日を様々な角度から比較し、その特徴をさらに深く探っていきます。
目的も主役も違う!制定までの道のりを比較
海の日と山の日の制定プロセスは、まるで対照的な2つの物語のようです。
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動機
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海の日: 船や港など、海に関わる産業の発展と、「海洋国家・日本」の繁栄を願う、経済的・産業的な目的が強かった。
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山の日: 「海の日があるなら山の日も」という文化的なバランス感覚と、自然に親しみ感謝するという、余暇や文化的な目的が中心。
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主役
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海の日: 船会社や造船会社などの強力な産業団体が、長年にわたって主導した。
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山の日: 日本山岳会などの文化・環境団体が中心となり、市民社会からのボトムアップで進められた。
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制定までの期間
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海の日: 最初の組織的な運動から実現まで35年以上。
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山の日: 協議会発足から10年足らずで実現。
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この違いは、時代と共に市民社会の影響力が強まってきたことを示しているのかもしれません。巨大な産業の後ろ盾がなくても、文化的な正当性や国民の共感が、国を動かす力になることを「山の日」は証明したのです。
オリンピックで日付が移動?国家イベントと祝日の関係
性格の違う海の日と山の日ですが、2021年には、どちらも本来の日付から移動するという珍しい出来事がありました。その理由は、東京オリンピック・パラリンピックの開催です。
この祝日移動は、大会の開会式や閉会式当日の都心部の交通量を減らし、選手や関係者の移動をスムーズにすること、そしてテロ対策などの警備をしやすくすることが目的でした。
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海の日: 7月19日(月) → 7月22日(木) 開会式前日へ
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山の日: 8月11日(水) → 8月8日(日) 閉会式当日へ (翌9日が振替休日)
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スポーツの日: 10月11日(月) → 7月23日(金) 開会式当日へ
この結果、7月には4連休が生まれました。オリンピックという国家的な一大イベントの前では、国民の祝日という社会の基本的なカレンダーさえも、一時的に変更されうるのです。これは、祝日という「伝統」も、国家的な要請の前では柔軟に変わりうる、その意外な一面を示した出来事でした。
なぜ大切?日本人にとっての海と山の特別な意味
そもそも、なぜ海と山が祝日にまでなるほど、日本人にとって特別なのでしょうか。それは、日本の文化や精神の根幹に関わる、二つの象徴的な空間だからです。
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山 古くから、山は神々が宿る神聖な場所(山岳信仰)であり、農業に必要な水を生み出す源泉、そして亡くなった人の魂が還る場所だと信じられてきました。天と地、そしてご先祖様の世界と繋がる、私たちの精神的な支柱のような存在なのです。
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海 一方で、海は豊かな食べ物をもたらしてくれる恵みの場であると同時に、大陸から新しい文化や物資、人々がやってくる交流の窓口でもありました。海の向こうからは、福をもたらす神様(えびす様など)がやってくるとも信じられ、未知なる世界と私たちを繋ぐ、水平的な広がりを持つ空間だったのです。
山が「精神」や「内側」を象徴するなら、海は「物質」や「外側」を象徴すると言えるかもしれません。この対照的な2つの空間がともに祝日になったことは、日本の風土と文化の根底にある世界観を、国が公式に認めた、非常に意義深いことなのです。
メリット
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連休が増え、余暇が充実する: 旅行や趣味に時間を使いやすくなり、心身をリフレッシュできる。
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経済効果が期待できる: 観光業や小売業などの消費が活発になる。
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家族や友人と過ごす時間が増える: コミュニケーションが深まり、絆が強まる。
デメリット
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オーバーツーリズム(観光公害): 観光地に人が集中し、自然環境への負荷や交通渋滞、ゴミ問題などが深刻化する。
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祝日の意味の希薄化: ただの連休としか認識されず、本来の文化的な意義が忘れられてしまう可能性がある。
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業界によっては繁忙期が偏る: サービス業などでは、連休中の労働負担が大きくなる場合がある。
【未来編】これからの海の日と山の日
経済効果を期待されて生まれたり、日付が変わったりしてきた海の日と山の日。しかし今、これらの祝日には新しい役割が生まれています。それは、地球規模の環境問題を考え、行動するためのきっかけとなることです。祝日がもたらす課題と、未来に向けた新しい可能性について見ていきましょう。
連休は嬉しいけど…オーバーツーリズムという課題
ハッピーマンデー制度や山の日の制定によって連休が増え、旅行やレジャーを楽しむ機会が増えたのは喜ばしいことです。しかし、その裏側で深刻な問題も起きています。それが「オーバーツーリズム(観光公害)」です。
特定の連休期間に観光客が殺到することで、美しい自然が大きなダメージを受けています。特に山では、多くの登山者が歩くことで登山道が削れてしまったり、貴重な植物が踏み荒らされたりする問題が発生しています。また、登山者が捨てるゴミや、トイレからの排水による水質汚染も無視できません。
「自然の恵みに感謝する」はずの祝日が、皮肉にもその自然を傷つける原因になりかねないのです。この矛盾は、経済的な利益と環境保全のバランスをどう取るかという、現代社会が抱える大きな課題を、私たち一人ひとりに問いかけています。
ごみ拾いから環境を学ぶ日へ
一方で、海の日と山の日は、環境問題への意識を高める絶好の機会にもなっています。特に海の日は、その意味合いを大きく変えつつあります。
かつては産業の繁栄を祝う色が濃かった海の日は、近年、世界的な問題となっている「海洋プラスチックごみ」に取り組むための象徴的な日へと再定義されています。政府と民間団体が協力する「海と日本プロジェクト」では、海の日を中心に「海ごみゼロウィーク」として、全国で一斉に海岸の清掃キャンペーンが展開されています。ゴミ拾いをスポーツ感覚で楽しむ「スポGOMI」のようなユニークなイベントも増え、多くの人が環境問題に参加するきっかけを作っています。
山の日の場合も、「山の恩恵に感謝する」という理念のもと、自然保護活動が行われています。これらの祝日は、単なる休日ではなく、未来の地球のために私たちが何をすべきかを考え、行動する「環境デー」としての役割を強めているのです。
世界にもある?国連が定める日との違い
実は、世界共通の「海の日」や「山の日」も存在します。国連が定めた国際デーです。
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世界海洋デー (6月8日): 地球サミットをきっかけに生まれ、海洋の保全と持続可能な利用のための国際協力を目的としています。特定の国の歴史ではなく、全人類共通の課題として海を考えます。
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国際山の日 (12月11日): 山岳地域の気候変動や生物多様性、そこに住む人々の生活向上といった、国境を越える課題への関心を高めることを目的としています。
日本の祝日が、自国の歴史や文化、国内経済に根ざした「国民のお祭り」であるのに対し、国連の国際デーは、地球規模の課題解決を目指す「世界的なキャンペーンの日」と言えます。目的は異なりますが、どちらも私たちが暮らす自然環境の大切さを思い出させてくれる、重要な日であることに変わりはありません。
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地元の自然を再発見する: 遠くへ行かなくても、近くの海岸や里山を散策してみよう。知らなかった動植物や景色に出会えるかも。
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クリーンアップイベントに参加する: 自治体やNPOが主催する海岸や登山の清掃活動に参加してみよう。自然をきれいにすることで、気持ちもスッキリするはず。
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地元の産物を味わう: 海の日なら新鮮な魚介類を、山の日なら山の幸を使った料理を味わってみよう。食を通じて自然の恵みに感謝するのも素敵な過ごし方。
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関連する本や映画を観る: 海や山をテーマにしたドキュメンタリーや小説に触れて、その奥深さを学んでみよう。新しい発見があるかもしれません。
まとめ:休日の向こう側にある物語を知ろう
「海の日」と「山の日」。この記事を通して、二つの祝日が単なる休日ではなく、日本の近代史、産業の発展、市民社会の成熟、そして文化的な価値観を映し出す、深い物語を持っていることがお分かりいただけたかと思います。
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海の日は、産業界の熱意によって生まれ、経済合理性のためにその日付を変えました。
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山の日は、文化的な想いから生まれ、国民の悲しみに寄り添うことでその日付が決まりました。
性格の異なる二つの祝日ですが、どちらも私たちの暮らしを支える「自然」に感謝し、その大切さを再認識させてくれる、かけがえのない一日です。また近年では、環境問題について考え、行動するきっかけの日としての役割も大きくなっています。
今年の夏、海や山に出かけるときには、ぜひこの記事で読んだ物語を少しだけ思い出してみてください。いつもの景色が、少しだけ違って見えるかもしれません。そして、美しい自然を未来に残すために何ができるか、家族や友人と話してみるのも素晴らしい休日の過ごし方です。さあ、今年の夏は、祝日の向こう側にある物語と共に、自然への感謝を深める一日にしてみませんか?