「カフネ」のあらすじ(ネタバレあり)です。「カフネ」未読の方は気を付けてください。ガチ感想も書いています。
2025年の本屋大賞を受賞した本作は、多くの人々の心を打ちました。物語は、最愛の弟を突然失い、さらには不妊治療の末の離婚で心身ともに疲れ果てた41歳の女性、野宮薫子が主人公です。彼女の止まってしまった時間が、弟の遺した元恋人との出会いをきっかけに、再び動き出します。
物語の重要な要素は「食」です。弟の元恋人である小野寺せつなが作る温かい手料理が、荒んでしまった薫子の心を少しずつ癒していきます。この作品は単なるグルメ小説ではなく、喪失感を抱えた人々が食を通して再生し、新たな絆を築いていくヒューマンドラマなのです。
そして、この物語『カフネ』は、現代社会が抱える問題にも深く切り込んでいきます。介護疲れや貧困、孤独といったテーマが、家事代行サービスの仕事を通して描かれます。薫子とせつなは、様々な家庭を訪れる中で、自分自身の問題とも向き合っていくことになります。
このレビューでは、物語の核心に触れる大きなネタバレを含んでいます。弟の死の真相や、登場人物たちが抱える秘密についても詳しく解説していきますので、知りたくない方はご注意ください。しかし、『カフネ』という物語が持つ本当の深さや感動を知るためには、避けては通れない部分でもあります。
最終的に、この物語は絶望の淵にいた一人の女性が、他者との関わりの中で再び生きる希望を見出していく再生の物語です。血の繋がりや恋愛を超えた、女性同士の強い連帯、いわゆるシスターフッドが感動的に描かれています。読み終えた後、温かい涙とともに、明日を生きる力が湧いてくるような作品です。
「カフネ」のあらすじ(ネタバレあり)
法務局に勤める41歳の野宮薫子は、順風満帆とは言えない人生を送っていました。長年にわたる不妊治療は実らず、それが一因で弁護士の夫・公孝とは離婚。心にぽっかりと穴が空いたような日々を送っていました。
そんな彼女を追い打ちにかけるように、12歳年下で製薬会社に勤める最愛の弟・春彦が、29歳という若さで原因不明の急死を遂げてしまいます。生きる気力すら失い、酒に溺れ、部屋は荒れ放題。薫子の時間は完全に止まってしまいました。
ある日、春彦が遺言書を残していたことが判明します。その内容は、財産の一部を彼の元恋人である小野寺せつな(29歳)に譲るというものでした。薫子は、ぶっきらぼうで可愛げのないせつなに対して、最初は良い印象を抱けませんでした。
しかし、弟の遺言をきっかけに再会したその日、疲労で倒れてしまった薫子を、せつなが介抱します。彼女が作ってくれたのは、驚くほど温かくて優しい味の手料理でした。その料理は、凍てついていた薫子の心をじんわりと溶かし始めます。
せつなは「カフネ」という家事代行サービスで料理人として働いていました。彼女の提案で、薫子も「カフネ」のボランティア活動を手伝うことになります。そこでは、介護疲れの家庭や、ワンオペ育児に奮闘する母親など、様々な困難を抱える人々に出会います。
活動を続ける中で、薫子は他者のために行動する喜びを知り、徐々に自分自身を取り戻していきます。最初はぎこちなかったせつなとの関係も、共に過ごす時間の中で、互いを理解し支え合う、かけがえのない絆へと変わっていきました。
物語の核心には、春彦の死に隠されたミステリーがあります。彼はなぜ遺言書を用意していたのか。そして、彼の死の本当の理由は何だったのか。物語が進むにつれて、春彦が生前に抱えていた秘密と苦悩が明らかになります。
実は、春彦は自身に子どもができない身体であることを知っていました。そして、子どもを強く望むせつなの幸せを願い、自ら身を引く形で別れを選んだのです。また、姉である薫子が不妊治療で苦しむ姿を間近で見ていたことも、彼に深い罪悪感を与えていました。
彼の死は、単純な病死ではなかった可能性が示唆されます。愛する人々の幸せを願うあまり、一人ですべてを抱え込んでしまった春彦の優しさが、悲しい結末を招いたのです。この事実は、薫子とせつなに大きな衝撃を与えます。
弟が遺した本当の想いを知った薫子は、彼の死を乗り越え、前を向いて生きていくことを決意します。物語のラストは、薫子とせつなの間に生まれた、タイトル『カフネ』が象徴するような、深く穏やかな絆を描き、二人が新たな一歩を踏み出す希望に満ちた未来を示唆して幕を閉じます。
「カフネ」の感想・レビュー
阿部暁子さんの『カフネ』は、2025年の本屋大賞を受賞したことも納得の、心に深く染み渡る物語でした。喪失と再生という普遍的なテーマを扱いながらも、現代社会が抱える孤独や困難を丁寧に描き出し、読み終えた後には温かい感動と、明日への小さな希望を与えてくれます。
物語の冒頭、主人公の薫子が置かれている状況はあまりにも過酷です。最愛の弟の急死、不妊治療の末の離婚、荒れ果てた生活。彼女の絶望はひしひしと伝わってきて、胸が締め付けられるようでした。しかし、そんな彼女が、弟の元恋人・せつなとの出会いをきっかけに、少しずつ再生していく過程が本当に見事に描かれています。
この物語で最も重要な役割を果たしているのが「食」です。せつなが作る料理は、単に空腹を満たすものではありません。それは、傷つき、凍りついた薫子の心を優しく解きほぐす魔法のような力を持っています。温かい食事が人の心をどれだけ豊かにし、生きる力を与えてくれるのかを、この『カフネ』は改めて教えてくれました。
家事代行サービス「カフネ」の活動を通して出会う人々も、この物語に深みを与えています。介護、貧困、育児ノイローゼ。彼らが抱える問題は、決して他人事ではありません。薫子が彼らと関わる中で、自身の無力感から解放され、誰かのために行動する喜びを見出していく姿には、心を動かされました。
そして、この物語『カフネ』の核となるのが、薫子とせつなの関係性です。血の繋がりもなければ、恋愛感情でもない。しかし、同じ人を失った哀しみを共有し、互いの痛みを理解し合うことで、二人の間には家族とも言えるような強い絆が生まれます。この女性同士の連帯、シスターフッドの描写が、本作の大きな魅力だと感じます。
物語にはミステリーの側面もあり、弟・春彦の死の真相が徐々に明らかになっていく展開には、ページをめくる手が止まりませんでした。彼の死に隠された秘密は、この物語の核心に触れる大きなネタバレになりますが、とても切なく、そして深い愛情に満ちています。彼の選択が、残された人々に大きな影響を与えていくのです。
春彦が抱えていた秘密、それは彼自身が子供を持てない身体であったということです。このネタバレを知った時、彼のこれまでの行動のすべてが繋がり、その優しさと苦悩に胸が張り裂けそうになりました。愛する人の未来のために、自ら身を引くという彼の決断は、あまりにも悲しいものでした。
この物語は、そんな春彦の死の真相というネタバレを乗り越え、残された薫子とせつながどう生きていくかを描いています。彼の遺した想いを胸に、二人が手を取り合って未来へ歩み出す姿は、希望の光そのものです。哀しみは消えることはなくても、人は誰かと支え合うことで、再び立ち上がることができるのだと強く感じさせられました。
タイトルの『カフネ』は、ポルトガル語で「愛する人の髪にそっと指を通す仕草」を意味する言葉だそうです。なんて優しく、愛情に満ちた言葉でしょう。この言葉が象徴するように、物語全体が慈しみに満ちた温かい空気に包まれています。派手な出来事が起こるわけではありませんが、登場人物一人ひとりの心の機微が丁寧に描かれており、読者は静かに彼らの人生に寄り添うことになります。
特に印象的だったのは、薫子の心情の変化です。当初は他者に対して心を閉ざし、棘のある態度をとっていた彼女が、せつなや「カフネ」で出会う人々と関わることで、次第に柔らかい表情を取り戻していきます。完璧ではない、弱さも脆さも抱えた一人の人間が、再生していく姿に勇気をもらえました。
この『カフネ』は、ただの「良い話」で終わる作品ではありません。不妊治療の現実、社会から孤立する人々の存在など、厳しい現実にもしっかりと目を向けています。だからこそ、物語の最後に描かれる希望が、より一層輝きを増すのだと思います。
もしあなたが今、何かしらの喪失感を抱えていたり、人生に疲れを感じていたりするのなら、ぜひこの『カフネ』を手に取ってみてください。きっと、せつなの作る温かい料理のように、あなたの心をそっと温めてくれるはずです。読み進めるうちに、薫子とせつなという二人の女性が、まるで旧知の友人のように愛おしくなっていくでしょう。
物語の核心に触れるネタバレを知った上で読んでも、この作品の感動が色褪せることはありません。むしろ、春彦の行動の裏にある真意を理解しながら読むことで、より一層、物語の深さを味わうことができるかもしれません。
人の優しさとは何か、本当の繋がりとは何かを問いかけてくる『カフネ』。読み終えた後、きっとあなたは大切な誰かのために、温かいご飯を作りたくなるはずです。それこそが、この物語が持つ最も素敵な魔法なのかもしれません。
心からおすすめしたい、素晴らしい一冊です。この物語に出会えたことに感謝したくなるような、そんな読書体験でした。
まとめ:「カフネ」の超あらすじ(ネタバレあり)
- 主人公は41歳の野宮薫子。不妊治療の末に離婚し、最愛の弟・春彦も急死させ、絶望の淵にいた。
- 弟の遺言書をきっかけに、元恋人である29歳の小野寺せつなと出会う。
- 当初、無愛想なせつなに反発する薫子だったが、彼女が作った温かい手料理に心を癒される。
- 薫子は、せつなが働く家事代行サービス「カフネ」のボランティアを手伝うことになる。
- 活動を通して、介護疲れや貧困など、様々な問題を抱える家庭と出会い、薫子は再生していく。
- 反発しあっていた薫子とせつなの間に、次第にシスターフッド(女性同士の連帯)とも言える強い絆が生まれる。
物語の核心には、弟・春彦の死の謎がある。彼はなぜ若くして亡くなったのか。 - 【ネタバレ】春彦は自身が不妊であることを知っており、子どもを望むせつなのために自ら別れを切り出していた。
- 【ネタバレ】姉・薫子が不妊治療で苦しむ姿に罪悪感を抱いており、彼の死は自ら命を絶った可能性が示唆される
- 弟が遺した想いを知った二人は、哀しみを乗り越え、共に未来へ向かって新たな一歩を踏み出すことを決意する。





