「まず良識をみじん切りにします」のあらすじ(ネタバレあり)です。「まず良識をみじん切りにします」未読の方は気を付けてください。ガチ感想も書いています。
本作は「とにかくヘンな小説を」という依頼から生まれた、5つの物語が収められた短編集です。 日常のちょっとした違和感やズレが、いつの間にかとんでもない方向へ転がっていく様子が描かれています。その様はまさに、私たちの心の中にある「良識」という名のタガが外れていく過程を見ているかのようです。
収録されているのは、パワハラ上司への復讐のためにデスゲームを自作する男の話や、日に日に伸びていくクロワッサン屋の行列に翻弄される主婦の話など、どれも一筋縄ではいかない物語ばかり。どの物語も、最初は共感できるような普通の登場人物が、徐々に常識の向こう側へと足を踏み入れてしまいます。
この先では、それぞれの物語がどのような結末を迎えるのか、具体的なネタバレを含めて詳しく見ていきます。浅倉秋成さんが仕掛ける、奇妙で少し怖い世界の顛末を、ぜひ一緒に覗いてみましょう。
『まず良識をみじん切りにします』というタイトルが、読み終わった後にはきっと、あなたの心に深く突き刺さることになるはずです。それでは、良識をみじん切りにする準備はよろしいでしょうか。
「まず良識をみじん切りにします」のあらすじ(ネタバレあり)
『そうだ、デスゲームを作ろう』では、パワハラに苦しむ会社員・花籠が、復讐のために手作りのデスゲームを用意します。 彼は山奥に別荘を買い、DIYと独学の工学知識で完璧な復讐の舞台を整えました。
しかし、計画実行の当日、復讐相手の佐久保は自宅の風呂場で転倒し、あっけなく事故死してしまいます。花籠の人生を懸けた壮大な計画は、実行されることなく虚しく終わるのでした。
『行列のできるクロワッサン』の主人公・絵美は、近所のクロワッサン屋にできる長蛇の列を軽蔑していました。しかし、その行列は吉祥寺から三重県にまで達する異常な社会現象となります。
孤立を恐れた絵美は、ついに自らの信念を曲げて行列に並ぶことを決意します。同調圧力に屈し、集団の狂気に飲み込まれていく人間の心理が描かれます。
『花嫁が戻らない』では、結婚式の最中に花嫁が「気持ち悪いものを見た」と言い残し、引きこもってしまいます。招待客たちは、誰の何が「気持ち悪い」のか、犯人探しの議論を始めます。
議論はエスカレートし、互いを誹謗中傷し合う醜い言い争いへと発展します。結局、花嫁が見たものは明かされず、集団心理の恐ろしさだけが浮き彫りになります。
『ファーストが裏切った』は、プロ野球選手・鳥兜が試合中に不可解なエラーを繰り返した「鳥兜の乱」の真相を追う物語です。彼はなぜ、利敵行為としか思えないプレーを続けたのでしょうか。
引退した鳥兜は、人間の理性がごく些細なきっかけで破れることがあると語ります。「エラーをしたらどうなるだろう」という内なる破壊衝動に抗えなかった、というのが真相でした。
『完全なる命名』の主人公・伊藤清司は、生まれてくる息子の名付けに極度のプレッシャーを感じています。 どんな名前を考えても、その名前が原因で息子が不幸になる未来を妄想してしまうのです。
散々悩んだ末に平凡な名前を選びますが、その直後、同姓同名の凶悪犯が逮捕されたというニュースが流れるという、皮肉な結末を迎えます。
「まず良識をみじん切りにします」の感想・レビュー
浅倉秋成さんの『まず良識をみじん切りにします』を読んで、私は頭をガツンと殴られたような衝撃を受けました。日常に潜む小さな狂気が、これほどまでに奇妙で、恐ろしく、そしてどこか滑稽な物語になるなんて。まさにタイトル通り、私たちの持つ常識や当たり前が、見事にみじん切りにされていく快感がありました。
この作品集は5つの短編で構成されていますが、それぞれが全く違う角度から「良識の崩壊」を描き出しています。たとえば一話目の『そうだ、デスゲームを作ろう』。パワハラ上司への復讐という動機は理解できなくもないですが、その手段としてデスゲームを自作するという発想の飛躍がたまりません。主人公が異常な情熱と才能をDIYに注ぎ込む姿は、笑える一方で、人間の執念の恐ろしさも感じさせます。
そして、その結末です。あれだけ完璧に準備した復讐劇が、相手の事故死というあまりにも呆気ない形で幕を閉じる。この大きな肩透かしこそが、この物語の核心なのでしょう。人生を懸けた努力が、全くの無に帰す。この物悲しさと虚しさに、私は深く考えさせられました。この物語の結末は、ある意味で強烈なネタバレですが、知っていてもなお楽しめる構造になっています。
『行列のできるクロワッサン』は、現代社会への痛烈な風刺だと感じました。最初は「ミーハーな人たち」と行列を馬鹿にしていた主人公が、仲間外れになる恐怖から、いつしかその行列の一部になってしまう。この話の怖いところは、クロワッサン自体の価値は最後まで問われない点です。ただ「並んでいる」という事実だけが価値を持つ世界の異常さが、シュールな筆致で描かれていて、読んでいるうちに背筋が寒くなりました。
『花嫁が戻らない』もまた、集団心理の醜さをえぐり出した作品です。たった一言の「気持ち悪い」が引き金となり、招待客たちが互いの価値観を押し付け、攻撃し合う地獄絵図が繰り広げられます。SNSでの炎上やキャンセルカルチャーが問題になる現代で、この物語は非常に示唆に富んでいると感じました。『まず良識をみじん切りにします』の中でも、特に後味が悪い一編かもしれません。
私が特に心を掴まれたのは、『ファーストが裏切った』です。プロ野球選手が突如として不可解なエラーを繰り返す。八百長でもなく、チーム内の不和でもない。その理由は「人間の理性は脆い膜のようなもので、ふとしたきっかけで破れてしまう」という、あまりにも内面的で、哲学的なものでした。これは、誰の心の中にも存在するかもしれない、説明のつかない衝動を描いた物語です。
この物語は、人間の行動が常に合理的な理由に基づいているわけではない、という真実を突きつけてきます。高層ビルの屋上で「飛び降りたらどうなるだろう」と感じる、あの感覚。その根源的な恐怖と衝動を、野球の試合という舞台で見事に表現した手腕には脱帽するしかありません。この作品が日本推理作家協会賞にノミネートされたというのも納得です。
そして最後の『完全なる命名』。息子の幸せを願うあまり、あらゆる可能性を妄想して名前を決められない父親の姿は、滑稽でありながらも、親の愛情の深さを感じさせます。しかし、この物語もまた、浅倉秋成さんらしいブラックな結末を迎えます。最悪の妄想が、最も無難な選択をした瞬間に現実になるという皮肉。この切れ味鋭いオチには、思わず唸ってしまいました。
この短編集全体を貫いているのは、日常と非日常の境界線がいかに曖昧か、という視点です。『まず良識をみじん切りにします』という作品は、私たちが当たり前だと思っている日常が、少し歯車が狂うだけで、いとも簡単に崩壊してしまう可能性を示唆しています。そして、その崩壊のきっかけは、案外私たちのすぐそばに転がっているのかもしれません。
各物語の主人公たちは、決して特別な人間ではありません。どこにでもいるような普通の人が、ほんの少しだけ「良識」を踏み外した結果、奇妙な世界に迷い込んでしまうのです。だからこそ、私たちは彼らの行動に共感し、同時に恐怖を覚えるのでしょう。これは、私たちの物語でもあるのかもしれない、と。
浅倉秋成さんの文章は、読みやすく軽快でありながら、人間の心理の深いところを的確に捉えています。 伏線を張り巡らせて最後に回収するようなミステリーとはまた違う、じわじわと世界が歪んでいくような感覚を味わわせてくれます。 この独特の読後感は、一度体験すると癖になります。
この作品は、痛烈な社会風刺の側面も持っています。同調圧力、SNSでの誹謗中傷、過剰な愛情の暴走など、現代社会が抱える問題を、奇抜な設定の中に巧みに織り込んでいます。笑いながらも、ふと自分の周りを見渡し、考えさせられる。そんな知的な刺激に満ちています。
これから『まず良識をみじん切りにします』を読む方へ。もし可能なら、何の予備知識も入れずに読んでほしいと思います。特に結末に関するネタバレは、初読の衝撃を半減させてしまうかもしれません。ただ、もし結末を知ってしまっていても、この作品の魅力は損なわれません。むしろ、結末を知っているからこそ見えてくる人間の滑稽さや哀しさを、二度目に味わうことができるからです。
結論として、『まず良識をみじん切りにします』は、ただの「ヘンな小説」ではありません。人間の本質、社会の歪み、そして日常の脆さを見事に描き出した、非常に優れた短編集です。読書体験において新しい刺激を求めている方に、心からおすすめしたい一冊です。あなたの「良識」も、ぜひみじん切りにされてみてください。
まとめ:「まず良識をみじん切りにします」の超あらすじ(ネタバレあり)
- 『そうだ、デスゲームを作ろう』:パワハラ上司への復讐のため、完璧なデスゲームを自作した主人公。しかし実行当日、相手は事故死し、計画は虚しく終わる。
- 『行列のできるクロワッサン』:クロワッサン屋の異常な行列を軽蔑していた主婦が、孤立を恐れて自らも列に加わる。集団心理の恐ろしさを描く。
- 『花嫁が戻らない』:披露宴の最中に花嫁が引きこもり、招待客の間で犯人探しが始まる。議論はエスカレートし、醜い中傷合戦へと発展する。
- 『ファーストが裏切った』:プロ野球選手が試合中に不可解なエラーを連発。その理由は金銭や怨恨ではなく、人間の理性の脆さに起因する内なる破壊衝動だった。
- 『完全なる命名』:息子の名付けで、あらゆる不幸な未来を妄想してしまう父親。散々悩んで決めた平凡な名前の同姓同名凶悪犯が、命名直後に逮捕される。
- 復讐の虚しさ:壮大な計画が、当事者のいないまま無に帰すことで、復讐という行為そのものの虚しさを描いている。
- 同調圧力の恐怖:個人の意思が集団の圧力によっていとも簡単にねじ曲げられてしまう現代社会の側面を風刺している。
- 集団心理の暴走:一つのきっかけで人々が他者を攻撃し、自らの正義を振りかざす醜さを浮き彫りにしている。
理性の脆さ:人間の行動は常に合理的ではなく、説明のつかない内なる衝動によって支配されることがあるという根源的な恐怖を描く。 - 皮肉な結末:善意や愛情からくる行動が、最悪の結果を招いてしまうというブラックな結末が、多くの物語で描かれている。





