西加奈子「あおい」の超あらすじ(ネタバレあり)

「あおい」 のあらすじ(ネタバレあり)です。「あおい」 未読の方は気を付けてください。ガチ感想も書いています。

西加奈子さんのデビュー作である 「あおい」 は、フリーターのさっちゃんが主人公の物語です。彼女は、これまでの人生で常に楽な道を選び、特に向上心や野心もなく生きてきました。しかし、そんな彼女の人生に予期せぬ出来事が起こります。それは、恋人のカザマ君との間に新しい命を授かったことでした。

さっちゃんは、もともとアルバイト先の同僚である雪ちゃんの恋人だったカザマ君を、半ばなし崩し的に手に入れてしまったという負い目を抱えています。だからこそ、妊娠という事実に直面し、一人で抱え込み、誰にも打ち明けられない苦悩に陥ります。

親しい友人であるみいちゃんにだけは打ち明けられたものの、さっちゃんは不安と葛藤の中で、自分の未来をどうするべきか必死に模索します。そんな中で、スナックの常連客である森さんとの出会いや、ママとの衝突など、様々な人間関係が彼女の心を揺さぶります。

行き場を失い、思いつきでリゾートバイトに申し込むさっちゃん。しかし、その場所でも居場所を見つけられず、深夜の山道をさまようことになります。そこで彼女が見つけたものは、彼女の人生を大きく変えるきっかけとなる、ある植物の札でした。

この出来事をきっかけに、さっちゃんは自分自身と、お腹の中の命に真剣に向き合うことを決意します。そして、カザマ君の元へ帰り、二人で新しい命を育む道を選ぶことになるのです。

「あおい」のあらすじ(ネタバレあり)

二十七歳のフリーター、さっちゃんは、週に四日、スナックでアルバイトをしています。彼女の恋人である二十四歳の大学生、カザマ君とは、四か月前に出会い、その日のうちに関係を持ったことで、なし崩し的に付き合うことになりました。この関係は、もともとさっちゃんの職場の同僚であった雪ちゃんがカザマ君に好意を寄せていたことから始まります。

映画配給会社で広報としてバリバリと働く雪ちゃんは、美人で仕事もでき、誰からも好かれる存在でした。単調な仕事を黙々とこなすさっちゃんにも、彼女は声をかけ、スタッフミーティングで意見を言う場を設けたり、責任のある仕事を任せたりと、目をかけてくれていました。さっちゃんにとって、雪ちゃんはいわば恩人のような存在だったと言えるでしょう。

そんな雪ちゃんから、カザマ君への恋愛相談を受けたさっちゃんは、親身になって話を聞き、二人きりでは恥ずかしいという雪ちゃんのために、三人で食事会をセッティングします。しかし、結局その日の夜には、さっちゃんがカザマ君を家に連れて帰る展開に。カザマ君が持つ独特な雰囲気に飲み込まれたさっちゃんは、自制心がきかないほど、強く彼を求めてしまったのです。

結果として雪ちゃんを裏切ることになったさっちゃんは、そのままアルバイトを辞め、現在はカザマ君と同棲しながら、スナックで生活費を稼いでいます。カザマ君はまだ学生の身で、さっちゃんを養うことはできませんし、そもそも将来養う気があるのかも怪しいほど、その日暮らしな生活を送っています。

さっちゃんは、向上心や野心を持ち合わせておらず、常に楽な方へと流されて生きてきました。今働いているスナックは、ママの方針で店外でお客さんと会うのは禁止されていて、水商売が向いていないさっちゃんにとってそれはありがたいことでした。

お店で一人留守番していると、月に一度か二度ふらりとやって来る森さんが飲みに訪れます。三十過ぎで理知的な雰囲気な森さんを、ママは『先生』と呼び、普段は意地の悪い京女のママが、森さんの前ではすっかり少女のようにはしゃいでいるのを見ていたさっちゃんは、外で食事しているママに急いで知らせてあげなければと電話をとりますが、森さんの勧めでビールをいただくことになり、それから三十分ほど二人で話をします。

翌日もお店に来た森さん。今度、二人で食事をしようと誘われます。ママにバレたら怒られることを承知で、さっちゃんは森さんと食事に出掛けます。食事を終え、風をきりながら自転車を漕ぐ帰り道、なんて自分は自由なんだと誇らしい気持ちになります。森さんと二人で食事したことは、カザマ君にもママにも内緒です。

さっちゃんに、みいちゃんという女友達ができました。スナック近くの大型本屋で働いている大柄な女性です。いつも風変りなTシャツを着ているみいちゃんに興味を持ち、お茶に誘ったのです。みいちゃんは、本屋でアルバイトをしながら、小説家になることを目標にしています。とは言ってもまだ一本も書いたことはないですが。カロリーを摂取しまくるみいちゃんに、痩せる気はないのかと聞いたことがありました。みいちゃんは『書き始めたら痩せる』と答えます。小説を書くということは、自分を切り売りするものだからと。さっちゃんとみいちゃんは、いろいろなことを話す仲になります。

隙をみてはカザマ君の携帯を盗み見、スナックで気ままに働きつつ、みいちゃんと気晴らしにお喋りする日々を送っていたさっちゃんですが、ある日急な吐き気に襲われます。市販の妊娠検査薬で調べてみると、結果は陽性。予期せぬ事態に一人パニックになるさっちゃん。貯金は無く、カザマ君にも打ち明けられず、スナックに行く気にもならず、アルバイトを無断欠勤したさっちゃんは、事の重大さに一人抱えることもできず、みいちゃんに妊娠したことを打ち明けます。相談され困り果てるみいちゃん。携帯にはママからの着信と、森さんから連絡がきていました。

重たい気持ちを引きずりながら、後日スナックに出勤したさっちゃんは、ママから鬼の形相で詰め寄られます。無断欠勤したことを怒っているのだと思っていたさっちゃんでしたが、ママは森さんと二人で食事したことに腹を立てていました。森さんがママに話してしまったようです。将来の展望もみえず、やけを起こしたさっちゃんは、ママと口論になりそのままお店を辞めます。

そして、思い付きでリゾートバイトに申込みます。一旦カザマ君と離れようと考えたさっちゃんですが、いざ現地に着くと急に嫌気がさし、その日の夜にペンションに置手紙をし、帰ることを試みます。深夜ひっそりと静かな山道を一人黙々と歩くさっちゃん。ふいに荷物を詰めていたキャリーバッグの車輪が外れ、尻もちをつきます。

そのまま地面に横たわり、草花に囲まれながら何も考えないよう努めていると、植物の前に幼い子供の字で「たちあおい」と書かれた札を見つけます。どっと涙がこみあげ、お腹の中の赤ちゃんのことを真剣に考えます。そして、誰に何と言われようと産む決意をします。カザマ君の待つ家に帰り、赤ちゃんのことを打ち明けたさっちゃん。名前は早々に「葵」と決めました。

「あおい」の感想・レビュー

西加奈子さんのデビュー作である 「あおい」 を読み終えて、まず感じたのは、彼女の描く世界が、読者の心にじわりと染み渡るような優しい光を放っているということです。登場人物たちは、誰もがどこかに「ゆるさ」を抱え、完璧ではないからこそ愛おしく、リアルに感じられます。特に主人公のさっちゃんの、どこかフワフワとした生き方は、現代を生きる多くの若者の姿と重なるのではないでしょうか。

さっちゃんは、学歴も特技も美貌も、そして野心も持ち合わせていない、ごく普通のフリーターです。彼女は「楽な方、楽な方」と人生の岐路で選択し、その結果、多くの人々が抱く「こうあるべき」という固定観念からはかけ離れた生き方をしています。しかし、その「楽」を選ぶ姿は、決して怠惰なのではなく、むしろ彼女なりの自己防衛であり、傷つきやすい心を守るための術なのではないかと感じました。私たちは往々にして、向上心や目標を持つことを良しとし、そうでない者を怠け者と見なしがちですが、さっちゃんのような生き方もまた、一つの生き方として尊重されるべきだと、この作品は問いかけているように思います。

物語の序盤から、さっちゃんが恩人である雪ちゃんを裏切ってカザマ君と関係を持ってしまうという衝撃的な展開が描かれます。この出来事は、さっちゃんの自己肯定感の低さや、他者の感情に鈍感な部分を示しているようにも見えますが、同時に、彼女の中に潜む抗えない衝動や、人間的な弱さをも浮き彫りにしています。決して褒められることではない行為ですが、西さんは、その「間違い」を単純な善悪で裁くことなく、さっちゃんの心の揺れ動きを丁寧に描写しています。

カザマ君との関係もまた、実に現代的だと感じました。将来の展望も描けず、その日暮らしの二人。しかし、そこには確かな愛情と、ゆるやかながらも心地よい日常が流れています。大人が考える「まともな」関係とは言えないかもしれませんが、彼らが築き上げる独特の信頼関係や、お互いを必要とし合う姿は、現代の多様なパートナーシップの形を提示しているようにも思えます。特に、カザマ君の掴みどころのない性格が、さっちゃんの不安定な心を包み込むような役割を果たしているのが印象的でした。

物語が大きく動き出すのは、さっちゃんの妊娠が発覚してからです。予期せぬ妊娠という現実に直面し、一人で抱え込み、パニックに陥るさっちゃんの姿は、胸が締め付けられるほど切実でした。社会的な立場も経済的な余裕もない彼女にとって、新しい命を授かったことは、喜びよりも不安や恐怖の方が大きかったでしょう。このあたりのさっちゃんの心情の描写は、読者自身の経験と重なる部分も多いのではないでしょうか。特に、貯金もなく、カザマ君にも打ち明けられないという状況は、彼女の孤独を際立たせていました。

そんなさっちゃんの唯一の心の拠り所となるのが、友人のみいちゃんです。大柄で、小説家になる夢を抱きながらも、まだ一本も書いたことのないみいちゃん。彼女は、さっちゃんの「普通」とは異なる存在でありながら、さっちゃんの抱える悩みに真摯に耳を傾け、支えようとします。みいちゃんの「書き始めたら痩せる」という言葉は、自分自身を切り売りして表現することの覚悟を示しており、さっちゃんとは異なる種類の「強さ」を持っている人物として描かれています。二人の間の友情は、この物語に温かさと救いを与えてくれているように感じました。

スナックのママとの関係もまた、「あおい」 の中で重要な要素となっています。ママは一見すると意地悪で、さっちゃんを自分の支配下に置きたがるような人物です。しかし、彼女の行動の裏には、お店を守りたいという強い思いや、さっちゃんに対する複雑な愛情が隠されているように感じられました。特に、森さんの件でさっちゃんと衝突する場面は、ママの人間らしい感情の揺れ動きがよく描かれており、単なる悪役ではない、深みのあるキャラクターとして存在しています。

森さんとの出会いは、さっちゃんの人生に新たな刺激と変化をもたらします。理知的な雰囲気を持つ森さんとの店外での食事は、さっちゃんにとって「自由」を感じさせるものでした。ママに隠れて会うことで、彼女はほんの少しだけ自分の殻を破り、新しい世界を覗き見ることができたのです。しかし、その「自由」が結果的にママとの確執を生み、さっちゃんがスナックを辞めるきっかけとなるのは、皮肉なことだと感じました。

物語のクライマックスは、さっちゃんがリゾートバイト先で山道をさまよう場面です。心身ともに疲弊し、人生の袋小路に迷い込んだような状況で、彼女は「たちあおい」と書かれた札と出会います。この瞬間の描写は、この作品のハイライトと言えるでしょう。絶望の中で見つけた「たちあおい」という言葉は、さっちゃんに希望と、そしてお腹の中の命への真剣な思いを与えます。このシーンでのさっちゃんの涙は、これまで彼女が抱えてきたすべての葛藤や不安、そして未来への決意が凝縮された、感動的な涙でした。

「あおい」 は、決して派手な展開があるわけでも、劇的な事件が起こるわけでもありません。しかし、さっちゃんの日常を通して、現代を生きる人々の孤独、葛藤、そして微かな希望を丁寧に描き出しています。特に、自己肯定感の低いさっちゃんが、予期せぬ妊娠という出来事をきっかけに、自分自身と向き合い、母親になる決意を固めるまでの心の機微は、多くの読者の共感を呼ぶのではないでしょうか。

この作品は、いわゆる「普通」とされる枠から外れた人々の生き方や、彼らが抱える感情の複雑さを、温かく、そしてリアルに描いています。西加奈子さんの筆致は、時に突き放すようでいて、しかし常に登場人物たちへの深い愛情に満ちているように感じます。だからこそ、読者はさっちゃんの未熟さや弱さを許容し、彼女の成長を応援したくなるのでしょう。

最終的に、さっちゃんがカザマ君の元へ帰り、二人で「葵」という名前を決める場面は、新しい生命への希望と、二人の未来への静かな決意を感じさせます。完璧ではないけれど、それでも手を取り合って生きていこうとする彼らの姿は、私たちに、人生における本当に大切なものは何かを問いかけているようです。

「あおい」 は、自己肯定感の低さ、将来への不安、そして予期せぬ出来事への向き合い方など、多くの現代人が抱えるテーマを内包しています。しかし、その根底には、どんな状況でも光を見つけ、前向きに生きようとする人間の強さと、他者との繋がりがもたらす温かさが描かれています。読後、心にじんわりと残る余韻と、どこか勇気づけられるような感覚は、まさに西加奈子さんの筆力によるものだと感じました。

この作品を読んだことで、私たちは、自分自身の「弱さ」や「不完全さ」をも肯定し、それぞれのペースで人生を歩んでいくことの大切さを改めて考えるきっかけをもらえるのではないでしょうか。

まとめ

「あおい」 のあらすじ(ネタバレあり)を箇条書きでまとめます。

  • 二十七歳のフリーター、さっちゃんが主人公です。
  • さっちゃんは、アルバイト先の同僚である雪ちゃんの恋人、カザマ君を半ば奪う形で関係を持ちます。
  • 雪ちゃんを裏切ったことで、さっちゃんはアルバイトを辞め、スナックで働き始めます。
  • さっちゃんは、新しい友人であるみいちゃんと出会い、心を通わせます。
  • スナックの常連客である森さんと店外で食事をし、ママとの関係にひびが入ります。
  • さっちゃんが妊娠していることが判明し、一人でパニックに陥ります。
  • 妊娠の事実をみいちゃんに打ち明け、相談します。
  • ママとの口論の末、スナックを辞め、思いつきでリゾートバイトに申し込みます。
  • リゾートバイト先で孤独を感じ、深夜の山道をさまよう中で「たちあおい」の札を見つけます。
  • 「たちあおい」との出会いを機に、さっちゃんはお腹の子を産む決意をし、カザマ君の元へ帰り、「葵」と名付けます。